「泣かないでください」
やだ。

「帰ってこれなくても探さないでください」
やだよ。

「ポラリスはマグルの世界に逃げてください。大丈夫ですから、きっと」
いやだよ、ねえ、そんなこと言うんなら一緒に逃げようよ。

「僕はこれをやり遂げなくてはいけないんです」
そんなの関係ないよ。ねえ、置いて行かないで。ひどいよ。ずるいよ。
ねぇ、


「レギュラス」


 * *

魘されいていた。誰かにおいて行かれる夢。汗ばんだ背中が嫌に冷たい。部屋を見回すと、自分の猫用ベッドに丸まっている毛玉のが首をもたげてこちらを見た。

「どうなんだろ」

毛玉はなう、と鳴いてまた顔を体に埋めた。本当に可愛くて私はどうすればいいか解らなくなった。

肌寒いので頭まで布団に潜る。もう少し寝れば夢の意味がわかるような感じがした。サボリ?違います純粋にレギュラスさんと夢の人のレギュラスさんについて知りたいだけですー。

生憎サボったところで、私を心配して部屋に訪ねてくるような友達はいないのです。一匹狼キャラつらい。むしろぼっち。


目蓋を下ろしてすぅっと息を吐く。
黒い髪の私、黒い髪の誰か。誰かはさっきの夢のレギュラスさん。夢のレギュラスさんとあのレギュラスさんはどんな関係なんだろう。

名前と髪色、雰囲気。薄い色の眸。

似通いすぎている。まるで、「前」と今の私と同じみたいに。セブルスが言っていたのはレギュラスさんのことなのだろうか。記憶をそれ以上引き出せないままで、私は隅に追いやられていくよう。

役に立たない私の記憶はゆらゆら揺らぐだけで、肝心なところを教えてくれない。レギュラスさんは私を知っているような素振りを見せていたから、きっと、もしかして。期待の言葉が脳内を埋める。

でも彼は、私のことを知らないように振る舞っていた。それはどういうことなんだろう。



そんなことを考え始めてもう二時間くらいは経ったのだろうか。答えは見つからないわ、不安は募るわで良いこと無しでつらい。少しだけお腹がすいているけど、まだ私はさぼってみせる。きっと!


軽いノック音。思考に入り浸っていた私を引きずり出したそれは、私の部屋のドアから響いている。

わ、私には訪ねてくる友人なんていないんだぞ。ちょっと待ってこわい。誰、誰なの。

ノック音が繰り返される。礼儀がなっている人だな、おい。怖いので今以上に布団の中に潜って丸まった。ひぃ、なんなの。ホグワーツ式の七不思議?いや、ホグワーツには七つといわずもっと不思議があったのだわ。

「…ポラリス」

…セブルスの声?
これが七不思議の手口か。知ってる人がさも訪ねてきたかのように戸を叩き、名前を呼ぶ。ホイホイ開けたらアッーなんでしょ。わかってる。布団を握る手が少し汗っぽい。

「開けますぞ」

ガチャリとドアが開かれた音がする。レディの部屋に入るなよおい。

心臓がばっくんばっくん鳴っているのが嫌でもわかる。なんだか耳に心臓があるんじゃないかっていうくらいにばくばくと耳に音が届く。これ聞こえてないよね、ちょっと怖い。

流石にセブルスは布団を剥ぐようなそんな、そんなことはしないよね?私レディだもんね。女の子だもん。そしてセブルスはジェントルメンだよね?


「……」

バサリと無言で布団が引かれる。しかし残念ながら私が全力で端を掴んでいる所為で私から布団を剥ぐことは出来ず、拮抗状態が出来上がった。やべぇ私が起きてるのバレた。

「お、はよう…セブルス」

「エスケープとはいいご身分ですなあMs.マルフォイ」

ひぃ、怒ってる!

「サボリじゃなくて記憶の整理してたの!だからその呼び方やめてなんか怖い」

前までは普通だったのになんか今となってはすごくこそばゆい。正直なところ、その教授口調もなんだか耳がもぞもぞする。なんということだ。時の流れと記憶って怖い。

「ふん…何か思い出したのか」

「レギュラスって名前の人、前の私の知り合いにいる?」

ぱちり、セブルスの眼がまばたきをする。何かあるのだろうか。夢の中で彼は私を置いて、どこかへ行ってしまった。まるで死んでしまうような口ぶりで。私に逃げろとも言っていた。

時代を考慮すると、闇の帝王が関わっていそうな気もする。「前」の私はマグル生まれの魔女で、闇の帝王はマグルやマグル生まれを排除したがっていたのだから。


「レギュラスはお前の…、」

「…私の?」

「――お前はどう思う?知り合いか、友人か、家族か、それとも恋人か」

逆に問われても困る。
すこし考えるけど、友人か…もしくは恋人だと思う。知り合いより関係は深そうで、家族ほど深くはない、そんな関係。友達以上恋人未満だとかではない気がする。

「私、昔から記憶に恋人のことがあった。その人はスリザリン生だったかな。…もしかしてその人?」

セブルスが私に手を向けた。何かと顔をあげると、頭に手のひらが置かれた。くしゃくしゃとと髪がかき混ぜられる。ちょ、何してんの。

「体調が悪いということにしてやる。頭を冷やすといい」

「え、でも」

「お前のことだ。おおかた授業に集中出来んのだろう」

寝ろ寝ろと言われて布団を被せられる。これなんて子供扱い?と思ったけど私まだいたいけな十一歳の子供だった。忘れかけてたよ普通に。

ドアの閉め際に振り返って、「じゃあの」と呟いたセブルスのことは忘れない。こいつ何ダンブルドア先生みたいな喋り方してんの。




(つまり彼は恋人なのか)