紡ぐ夏色


夏が始まる。もうエアコンがないと部屋でじっとしていられないくらいに暑い。昨日までのじめじめした空気と雨が嘘みたいに今日はカラッと快晴だ。梅雨明けってやつだ、多分。
「明日は気温が30℃近くになるってー」
母親が畳んだ洗濯物を俺の部屋に持って来た。もう長袖はいらないんじゃない?とか何とかブツブツ言ってるけど返事をする気力もない。というか勝手に入って来んなってあんなに言ってるのに。そんなこともお構いなしに会話を続行してきた。
「姉ちゃん達連れて買い物行こうと思うんだけどあんたも行く?」
「…どこ?」
「木更津、アウトレット」
「あー」
これといって欲しいものはない、だけど外に出るいい機会かもと思った。夏休みが始まって早1週間、バイトもせず殆ど家で過ごしていたから正直怠さのほうが勝るんだけど。
「行くわ」
重たい身体を起こして寝癖で爆発している頭を掻きむしった。

「ちょ、あんたその格好で行くの?」
「え〜嫌なんだけどぉ」
お気に入りのバンTにジャージ、クロックス、豹柄のキャップを被って車の後部座席に乗るなり姉達から罵声を浴びた。
「ダメかよ」
「寿貴は普通にかっこいいんだからもっとちゃんとしてよぉ」
「うるせーな。ちゃんとしてんだろ」
たかがアウトレットに行くくらいで何を張り切ってんだこいつら。内心そう言いたかったが後から絶対面倒くさいから頭のプリン隠しただけでも偉いだろ?って自分をフォローしてやった。そういう問題じゃないとでも言いたげに、姉の反応は微妙だったけど。
冷房が効いた車内は涼しい。程良く揺られて俺はうとうとしていた。助手席に座る5つ上の姉の選曲だけが耳障りだ。俺が免許取ったらあんな意味のわかんねぇ曲流したくない。
「あ、ねえねえ、ここ懐かしいね」
俺の隣に座る2つ上の姉が窓の外を指差して言った。重たい瞼をこじ開けて広がってきたのは堤防と小さな川。何処と無く見覚えがある。
「懐かしいわね」
「あれー?こんな小さかったっけ??」
ああ、確かに言われてみれば。小学生のとき初めて自転車で来たとき海だって思うくらい大きかったのに。夏は父親とよくチャリンコで来てたなぁ。ザリガニか何か獲ってたっけ。まだいんのかな。
「よく来たよねぇ、お姉ちゃん滑って全身ずぶ濡れになってたっけ」
「なんでそんなこと覚えてんのー」
「だってすごい泣いてたじゃん!」
あー。中学生のとき真冬にずぶ濡れになって風邪ひいたんだ。大事なテストの前日だったのに結局休み明けに放課後居残り。最悪だったなぁあん時。テストとともに進路の提出も迫ってて決められなくて「息抜きに海行こうぜ」っつって「海じゃねぇよあれ川だよ」とか話しながらこの川来て。あの時唯一つるんでた夏樹と…。そう、夏樹と一緒だった。ここに来るときはいつも隣に夏樹がいた。
途端に見覚えがある程度の記憶が鮮明になった。忘れちゃいけない奴を思い出して眠気がぶっ飛んだ。

あいつ今何してんだろ、中学卒業して早々一度会ったっきり会ってない。仕事してっから忙しいかなって気遣ってたら連絡すら取らなくなった。メールフォルダを遡ると1年半前に“ちょっと電話していい?”って俺から送ったのが最後。多分この後あいつから電話来たんだと思う。何話したかなんて覚えてない。元気にしてんのかな。メール送っても平気かな。作成画面で打ったり消したりを繰り返して馬鹿みたいだ。未練たらしい元カノかよ。あ…、それいいじゃん。
“ひさしぶり〜。元カノだけど、わかる?なつきちゃんに会いたいな〜〜”
迷惑メールだと思って返信が来ないような気もしたけど、堅苦しい文章より良いと思った。最後どんな別れ方をしたか忘れたけどいつもこんなノリじゃなかったっけ、確か。送信ボタンを押す指が少しだけ躊躇ったけれど意を決して押した直後に表示された“送信しました”の文字を見て安心した。返信が来なくてもいい。届きさえすればいい。芸能人の話で盛り上がる家族の会話に適当に返事をしながら、そんな無言の奮闘をしていたら目的地に着いた。
無意識に見上げた夏、今日も空は青い。




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