「よお」
馬鹿だ、と思った。誰がってもちろん俺が。
「はあ?」
いつもなら決まって無視する不動明王。なのに今日は声をかけてしまった。なんで。なんでってそれは、わからないが。
「てめえみてーなやつが、俺に用なんてねえだろ」
「なに、」
喧嘩腰の不動明王。これは他のメンバーに対してもだからいい。だけど、
「…じゃあな。最近人気沸騰中の飛鷹サン」
俺の前からだけは、すぐに姿を消したがる。
それが不思議なんだ、わけがわからない、なんだこいつ。
「待ちな」
言ってこいつの手首を掴んだ。
ギロッと睨まれてさすがに少し怯んだけど、俺だって負ける気はない。…ない。
「んだよ離せ」
「少し話したい」
「やだね離せ」
「離しても逃げないか」
「俺は逃げてんじゃねえ」
負けん気が強いだけあって、俺が手を離してもこいつはもうどこへも行かなかった。
勝った…、と得意になったが、睨まれてやっぱり少し怯む。
「…んだよ、言いたいことがあるならさっさと言え俺は忙しいんだよ」
「俺にはアンタが忙しそうに見えない」
「おまえの目はフシアナか。―――で、なんだよ?」
「なんだアンタ、」
少し嬉しくて、ついニヤリと笑う。
「アンタ、結局気になってるんじゃないか」
「はあ、!?」
みるみるうちに赤くなっていく不動明王の頬。
馬鹿みたいだと思った。誰がってもちろんこいつが。
「忙しいと言っておきながら、俺の話を聞く気満々だ、恥ずかしいやつだなアンタ」
「な、べつに、っ俺は、…ッ!」
「…まあいい」
そろそろ本題に移りたい。
初めこそ話題なんて見つからないと思っていたが、いまのこいつを見る限り、こいつはそんなに難しいやつじゃなさそうだ。
不動明王はぶつぶつなにか言いながら近くにあったベンチに座ったので、俺もそれに倣う。
「なんでアンタ一人なんだ」
「あ?」
いきなり話しだした俺に驚きもせず、不動明王は俺を睨んだ。もうこいつの頬は赤くない。
「ほんとにそんなこと知りてえのかよ、おまえ」
「ああ」
負けないように俺も睨み返す。うまい感じで反らされる。
「俺はな、」
まさか話してくれるとは思っていなかった。(聞いたのは確かに俺だが)。
俺はな。不動明王は話し始めた。
「俺はひでえことをしたんだよ。鬼道クンも佐久間も、そいつらの仲間もぶっ壊した、俺が。俺はあいつらにとって、絶対的な悪なんだよ」
そして、ハハッと自嘲気味に笑う。
絶対的な悪。戦隊モノのラスボスを思い出して、心の中で少し笑った。
吐く息が白い。さみ、と呟くこいつの手を握る。
「………んだよ」
さっきのように照れてくれないのが残念だった。冷たく凍った手に、いっそう力を込める。
「なんでもない」
「…あっそ」
言いながら不動明王は、だけどその手を離そうとはしなかった。
―――ああ、たぶんこいつは。
顔を近づける。迷わなかった。そのやけに赤い唇に。
「……な、にしやがる、おま、っ!」
さすがに赤くなる頬。空いているほうの手で唇を抑える様が、とてつもなく、なんか良かった。
「なんでもない」
そうだ、たぶんこいつは一人を経験しすぎて、サッカー以外で他人を警戒することを忘れている。
もう一度顔を近づける。少し涙目の不動明王。
もしかしてこいつ、自覚ないのか?
「いまのアンタ、隙だらけだな」
20101230
年末になにやってんだ