「知ってる、緑川?」
「なにを?」

緑川と二人で河原で座りながら、久しぶりの天体観測。
もう春も終わって、夜は少しの汗が滲むくらいに暑い。

「夏には大三角形が二つあるんだ」
「そう…、なんだ」
「ああ」

たぶん緑川は驚いてる。いきなり夜、俺に誘われてなにを言われるのか警戒してたのに、そんなどうでもいい天体の豆知識をぶつけられて。うん、きっとそうだ。

「知らなかった。どこ?」

だけど興味を持ってくれたことが嬉しくて、俺は舌が回る。

「お馴染みのあの三つの中で…」

たぶん俺の中には自慢のような気持ちもあるんだろうけど、この場を気まずくしたくないっていう気持ちのほうが大きかった。
緑川は眉にシワを寄せながら、必死に星を探した。

「…どれ?」
「あれだよ」

俺は緑川にできるだけ顔を近づけて、目線を同じにする。目的のあの星を指さして緑川に示した。

「ほら」

目を凝らしたり、首を傾げたりしながら星を探す緑川は、やっぱり数ヶ月前まで小学生だったんだなと思う。
そんなやつが宇宙人だとか、そんな馬鹿げたことに巻き込まれて。

「緑川」
「なに?」

不意に、緑川を困らせてみたくなった。俺より一年遅く生まれて、だけど俺や南雲と同じタイミングで宇宙人になった緑川は、やっぱり俺より大人なんだろうか。

「おまえがレーゼだった事実は消えないよ」
「……わかってる」

だけどやっぱり違ったみたいだ。
星を探した無邪気な緑川はもうそこにいなくて、悔しそうに、顔を歪めた。

「わかってるよ、そんなこと。忘れたくても忘れられない、」
「…そうだね。俺も同じだよ」

緑川はもう星を探さない。
俯いて、唇を噛む。

「…緑川」

結局同じだ。
俺たちは気まずくなった。
だけどそうだ。わかっていた。俺たちが二人きりになると、絶対に空気が悪くなる。どうしても忘れられない記憶を、引っ張り起こしてしまう。
謝っていいかな、緑川。
ごめん、俺は忘れたいんだ。ごめん。そして俺は、忘れることができる。
緑川。

「…なに」
「忘れたいかい?」

緑川の顔が、泣きそうに歪んだ。
この髪を上げたら、こいつは宇宙人に戻る。

「忘れたいに、決まってる…」

そしてとうとう、緑川は泣き出した。
小学生のように大粒の涙を流しながら、大人のように声を殺した。

「忘れたいに決まってるだろ!」

なら忘れればいい。
出かかった声は、しかし音にならずに踏み止まった。忘れたいけど忘れられないから、だからいま緑川は苦しんでいるのに。

「みど、」
「おまえが…」

そして緑川は、俺を睨む。

「おまえがそんな優しいこえで、緑川って呼ぶからだ…っ!」

とうとう緑川は声を出して泣きはじめた。
うわんうわんと、それこそ小学生みたいに。
ああもう、
気まずいなあ。

「……緑川」

それでも俺は、変えてもらえた。
自身の愚かさと疎さをすべて受け止めて、優しい声でおまえの名前を呼ぶことを許された。

「やめ、」
「緑川」

抱きしめてやれたら、俺は素晴らしい先輩なんだろう。だけど無理だ。俺はおまえが大切すぎて、絞め殺してしまう。

「俺はもう『グラン様』じゃない」

ひっ、と緑川が息を吸った。
それきり声は出さなくなって俯く。

「俺は、忘れることができる。宇宙人もエイリア石も、全部だ」


(羨ましかったんだ、おまえが。)


緑川の目尻を指で拭って、耳元でリュウジと呟いた。






















20101109
なんだこれ

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