ここで待っていたら、あの人はあとだいたい2分後にやって来て、そのあと、民家の塀の前で猫の鳴き真似をする。
それから猫の返事があれば、かばんから昼の残りもののパンをあげる(ちなみに猫が現れる確率は3分の2だ)。猫が現れなかったら、そのパンを食べながら帰る。そのとき決まって空を見上げる。
あの人は空を見上げながら、なにを考えているんだろう。
そしてあの人はあと5分も歩けば家につく。玄関の扉を開ければすぐに「ただいまー」と言って、そして扉が閉まる。
そんなことはもうわかるのに、なのに、考えてることはわからない。だけどああ、それが人間なんだな、なんて詩人のようなことを思ってから、僕も同じように空を見上げた。
こうしていれば、なにかがわかるかもしれない。あの人と同じ色の空を見ていると、なんだか心が和らぐ気がした。
「…宮坂?」
あ、と思ったときはもう遅くて、風丸さんは、隠れるように電柱の陰にしゃがみ込んでいた僕を見下ろした。
「なにやってるんだ?」
「あ、」
風丸さんは不思議そうに、僕と目線を合わせるためにしゃがんだ。
「風丸さん、お久しぶりですね!」
「そうだな。最近陸上のほうには顔出してないから」
「そうですね」
僕は、久しぶりに風丸さんに会えたことに感動して、若干動揺していた。
「陸上には、いつ戻ってきてくれるんですか?」
僕は知ってる。
こう質問すると、風丸さんは逃げるように笑って、「考えてるよ」と言う。
「そうですか。僕、いつまでも待ってますね!」
「ああ、ありがとう」
風丸さんは、戻ってこないかもしれない。
僕がそう思うようになったのは、サッカーをする風丸さんを見たときだ。
ニコニコ笑って、だけど真剣な目をして汗を流す、いつもの綺麗すぎるフォームで疾風る風丸さん。
戻ってこないかもしれない。
思ってしまった事実を消したいのに、なぜかできなかった。
もう風丸さんの横を走ることができないかもしれない。怖くてたまらないのに、僕は心のどこかが醒めていた。
風丸さんはもう、陸上には来ない。
「で、おまえはこんなところでなにをしてるんだ?」
風丸さんは立ち上がった。つられるように僕も立ち上がると、風丸さんの髪と空の色が同化して見えた。少し笑った。
「久しぶりに風丸さんと話したかったんです」
…ストーカー紛いのことをしているとは、黙っておこうと心に決めた。
「そうか? おまえの家、どっちだった?」
唐突な質問に、流れのまま風丸さんの家とは真逆の方向を指さす。
「送ってくよ。行くぞ」
風丸さんは、ストーカー紛いの僕よりも何倍もオトコマエだった。
___
他愛のない話を繰り返すうちに陽はすっかり落ちて、僕の家も目の前に迫った。
「―――宮坂、」
陸上部の仲間が起こした失敗談も一段落したところで、風丸さんが深刻そうな声を出す。
ああ、これは。
「どうしたんですか?」
「…宮坂、俺は…」
戻ってこないかもしれない。
「サッカーで世界に行く。日本代表に、誘われたんだ」
…戻って、こないかも、しれない。
「…おめでとうございます! 敵チームに風丸さんのその速さ、見せつけてやってくださいよ!」
「ああ…。ありがとう」
戻ってこないかもしれない。
だけど僕は、風丸さんの横で走りたい。
風丸さんと同じ高さで、同じ速さで、同じ色の空を見たい。見たいから。
「ところで、陸上にはいつ、」
戻ってくるんですか。
湿った僕のそれは、声にならずに嗚咽に変わった。
20101010
ずっとやりたかった宮風
念願だーい