※パラレル注意
塔子⇒店員
綱海⇒客
お店に「こんにちはー」って入ってきて、そのときからちょっと変わった人だなと思って注意していた。第一印象は肌が黒くて、海が似合う人だなと、勝手にそう思っていた。
彼が座ったテーブルを担当することになって、そしたら私はらしくない失敗ばかりだ。水はこぼすし、注文は取り違えるし、めちゃくちゃだった。
でも彼は、かっこよくかわいく大きく太陽みたいに笑って「気にすんなよ、そんなの海の広さに比べたらちっぽけな話だ!」って言って、それからまた笑ったんだ。
その日からだ。私の中に、なんかもやもやした気持ちができて、消そうと思うのに、思えば思うほど消えないし、消せない。
それから彼は三日に一回くらい来るようになってた。そしてそのとき、彼は必ずオムライスを頼む。子どもっぽくてかわいらしいなと思う。そう思ってから、男に「かわいい」は失礼だろうと考え直した。
やっぱり彼は、かっこいい。かっこいいの基準は人それぞれだろうけど、私の中の基準で、彼は私のかっこいい像にピッタリだった。
彼が一番最近来たのは三日前。ということは。
今日、彼はここにまたオムライスを食べにやって来るかもしれない。
思った矢先。
「いらっしゃいませー」
店長の声が店に響いて、私もそれに倣おうと、声を出す。
「いらっしゃい、ま、せ…」
「こんにちはー」
声が、耳の中で反響して脳に伝わる。元気がよさそうな、その声。彼だった。
今日はひとりで来たようだ。彼は部活仲間らしき人たちと一緒に来ることが多いのだけど。でも今日はひとり。妙に緊張してしまう。
店が混んでいて、空いている店員は、どうやら私ひとりだけのようだ。うん。行くしかない。
透明のコップに水を一杯汲む。丸いお盆に乗せて、またこぼしてしまわないように慎重に一歩ずつ歩く。
「ご注文、お決まりになられましたらチャイムでおしらせください…」
声が強張っている。彼を担当するとき、私はいつもの覇気がなかった。どうしよう、また私、緊張してる。
「よう!またあんたが担当か?財前さん」
「は…?」
名前を呼ばれて、咄嗟にばかみたいな声が出てしまう。ああもう恥ずかしい。
「今日は、オムライスはいいや。でもその代わりに…」
名前を呼んだことを忘れたように、彼は注文を始めた。
「ホットコーヒー」
「あ…、はい、えっと…。ホットですか、アイスにしますか」
私が言うと、彼は唖然した。それから苦笑。
「ホットコーヒー、っつったんだから、あったかいので」
やってしまった。そういえばそうだ。彼がオムライス注文せずにいるなんてめずらしかったから―――っていうのは、言い訳だろう。
「あ、すまない!…………じゃなくて、申し訳ございません!ホットコーヒーですよね、はい」
顔が赤いのを気づかれていないか心配になりながらも、私はできるだけ通常な声を出した。
「ご注文は、以上ですか」
「おう!よろしく頼むぜ」
「…ああ!」
ホットコーヒーを作りながら、やってしまったなと思う。名前を呼ばれて嬉しかったけど、よく考えたら、店員は全員、名札(名字だけ)を付けているし、彼にとったら特別でもなんでもないだろう。
ため息が出そうになるのを、仕事中だからと必死に堪えて、ついでに同じ理由で涙も堪えて、私はあのテーブルへ向かう。
「お待たせしました、ホットコーヒーになります。砂糖とシュガーはお好みで、」
「ざーいぜーんさーん」
遮られてしまった。途端に私は全てが不安になる。失敗したか?彼はホットコーヒーを頼んだか?アイスじゃなかったか?オムライスは本当に頼んでないのか?
そして彼は言った。
「砂糖とシュガーは同じだろ?」
「………あ」
ばかだ。私は大ばかだ。自分で自分を殴りたい。いますぐここから消えてしまいたい。
「ほんっとうに、すいません…!」
「いいっていいって。そんなの海の広さに比べたらちっぽけな話だ。それより…」
「はい?」
「今日は、いつ上がるんだ?」
普段話さないことを話すとなると、私の緊張は最高潮だった。必死に今日のスケジュールを思い起こす。
「えっと…。あと、十分くらいだ」
「そっか!」
そして、彼はまた太陽みたいに笑った。
「外で待ってるから、今日は一緒に帰ろうぜ塔子!」
なんで名前を知ってるんだとか、そういうことを大声で言われると、お店的に困るだろうとか、いろいろ言いたいことはあるはずなのに、なにもかもが全て声にならない。
ただ、握られた手がだんだん熱くなってきて、お盆を床に落とすのに時間はかからなかった。
なにか話さないといけない。そう思うと声に出てくるのは一番素直な気持ちだと、この前雑誌かなにかで読んだことがある。あらかたそれは、間違っていないらしい。
「…頭の中が、おまえでいっぱいだ…」