伝える手段。

それはある日の昼下がり。


「…」

「ん?どうしたの?萌黄」


同じ委員会の上級生である竹谷と食堂に寄った孫兵は、同じ三年生の萌黄がうろうろしているのを見かけ、声をかけた。振り向いた萌黄は、いつもの無表情だが、わずかに困ったように視線を泳がせている。


「なにかあった?失くし物?」

「お?なんだなんだ、一緒に探してやろうか?」


孫兵の言葉に竹谷は人の良い笑顔で二人に言った。三年生の孫兵と萌黄に対し、竹谷は五年生。たかが失くし物だが、人は多いにこしたことはない。孫兵は萌黄と向き合った。しかし頭をフルフルと振られたので、失くし物をしたのではないのだとわかる。


「萌黄?」

「…」


萌黄は困ったように竹谷と孫兵を交互に見つめた後、すっと手を動かした。


「!」

「?なんだ?狐か?」


手が形どったのは影絵などで遊ぶときに定番な、狐の動作だった。竹谷は訳がわからず首を捻っている。しかし、それを見た孫兵はすっと目を細めた。


「竹谷先輩、今すぐ鉢屋先輩を呼んできてください」




















竹谷は部屋の隅で不破が鉢屋に説教しているのを見、ただならぬ雰囲気で座っている自分の後輩と、困ったように部屋の隅と孫兵を見ている萌黄を見、ため息を吐いた。


「そんな怒るなよ孫兵、三郎も悪気があったわけじゃないんだからさ…」

「悪気がないわけないじゃないですか。委員会の仕事の邪魔をした時点でそれは悪意ある行為だと思いますが」

「いや、うん、そうなんだけど…」

「…、」

「萌黄は優しすぎ」


孫兵は怒り心頭といった様子で、先輩である竹谷が宥めても、実際に被害を被った萌黄が気にしていないことを伝えても、鉢屋を許す気はないようだった。
どうしてこんなことになったのか。それは昨日の委員会の時間まで遡る。






鉢屋は退屈していた。お前委員会どうした、などという疑問は話が進まなくなってしまうためスルーである。とにかく退屈していた鉢屋は、暇つぶしがしたかった。すると、目の前に小さな下級生が歩いてきた。鉢屋はその生徒を知っていた。日比崎萌黄。三年生の図書委員だ。何故彼をを知っているかというと、鉢屋が顔を借りている不破が図書委員だからだ。その上萌黄はそれとは別に『喋らない生徒』や『学園一の聞き上手』として有名だ。萌黄は委員会の仕事なのか、巻物をたくさん抱えてふらふらと歩いていた。その時、鉢屋はちょっとした悪戯を思いついた。


「日比崎!ごめんね、君一人に持たせてしまって。これは僕が運んでいくから、日比崎は中在家先輩の手伝いをしてくれるかい?」






「要するに萌黄が持っていた巻物を不破先輩のふりをして奪い、どっかしらに隠して困らせようとしたんですよね?萌黄に罪を着せて」

「ごめん三郎、俺弁護できねー」

「何?!友を見捨てるのか?!」

「三郎…?」

「うっ」


さすがの鉢屋も不破の冷たい視線に口を閉じた。なんだかかかあ殿下の夫婦を見ているようだ。さすが雷蔵。竹谷はそっと友から視線を逸らした。そしてふと気付く。


「なあ、孫兵」

「なんでしょうか」

「なんで日比崎が三郎を探してるってわかったんだ?」


あの時萌黄が手で狐のような動作をしただけで、孫兵は何故か三郎が何かをしたのだと瞬時に理解した。矢羽音はまだ三年生は修得していないし、そのほかに萌黄が何か情報を伝える行為をしてはいなかった。

すると孫兵はきょとん、とした顔をして萌黄と顔を見合わせて、「ああ、そうか」と一人納得したような声を出した。


「これです」


孫兵は萌黄がやったように、手で狐を象る。


「狐だろ?それ」

「はい。今三年で流行っている遊びなんです。手で作る形だけで、言いたいことを相手に伝え、正しければ勝ち、という組対抗の遊びで、元々萌黄と簡単に意思疎通するためのものだったのですが」


それが思いのほか三年の間で盛り上がりまして、という孫兵はもう三郎に対する怒りは鎮まっているようだった。それよりもいつも冷静な孫兵が楽しそうにその話をすることが、竹谷の関心を引く。


「個人の識別を手で表現することになって、いろいろ皆で考えたんです。それで、狐は鉢屋三郎先輩を表すんです」

「すげー三年ルールだな…」

「ちょっと待て、何故私が狐なんだ」

「とってもお似合いだと思いますが」


孫兵は厭味ったらしくそう言った。どうやら怒りは鎮火してはいないらしかった。




三年生ルール!
(ちなみに竹谷先輩は犬です)(それ、喜んでいいのか?)(まあ厳密に言うと犬ではなく狼なんですけどね)


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主人公空気。

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