02.
「萌黄!いるか?!」
「おいこら左門!返事がある前に勝手に部屋に入ったらダメだろ!」
「萌黄ー遊びにいこー」
「言ったそばから勝手に入るな三之助ぇぇぇぇ!」
「……」
「作兵衛、萌黄気にしてないって。孫兵も」
「諦めた。だっていつものことだから」
「……(こくん)」
三学年は割と仲がいい。普段は組が違い、委員会が違い、行動が別のことが多いのだが、休みの日になるとこうやってどっかしらの部屋に集まって、わいわい騒いでいる。よく行くのは萌黄と孫兵のい組の部屋で、彼らが部屋に騒がしく雪崩れ込んでくると、孫兵は呆れ顔で迎え、萌黄はいそいそと棚からお茶のセットを一式出してくる。い組ペアの部屋ではお茶をするのが恒例と化しているため、もちろん彼らも自分の湯飲みを持参だ。
「いってらっしゃい、萌黄」
「……(こくん)」
孫兵に送り出された萌黄は人数分の湯飲みと急須を乗せたお盆を持って出ていく。向かうは食堂。おばちゃんに湯をもらうのだ。
「なーなー」
「なんだ左門」
「萌黄、『あれ』から喋らないな」
寝転がって足をぶらぶらさせながらの左門の一言に、他の三年生は顔を見合わせた。
三学年の彼らは、元から仲が良かったわけではない。一年の時は恒例のようにい組とは組は仲が悪かったし、孫兵は愛する毒蛇・ジュンコのことしか考えてないわ、ろ組の三之助と左門の迷子コンビはただでさえ慣れない学園内で延々と迷子になるわ、それを放っておけない作兵衛は探し回るわ、藤内は我関せずで予習するわ、数馬は不運で存在感がないわで、てんでバラバラな生活を送っていた。それがひとり、ふたり、と行動を共にするようになり、いつの間にか六人になり、三年になった春の日、一番最後に萌黄が加わって七人になった。実は萌黄が一番、仲良くなるのが遅かった。
「日比崎萌黄と友達になりたい」、と言い出したのは誰だったか。確か、三之助であったと思う。い組の萌黄が『喋らない』生徒だということは、入学してから数週間たてばすぐに知れ渡っていた。まだ萌黄の人となりを知らないから、上級生の中にもそんな彼のことを悪く言う者もあった。しかしそんなことを言っているのは一年いびりの好きな少数の二年生だったり、成績が悪くてイラついている就職が危ぶまれた六年生だったり。大多数の上級生は何故萌黄が喋らないのか、なんて聞かないし見下したりしない。ここは『忍者』を育成する学び舎、後ろ暗い過去を背負った人間など探せばなんぼでも出てくるのである。わざわざそれを穿り返すような輩は、(上記の人種を除けば)いないのである。
それでも、一年生はまだまだ子供。忍者のたまごのなかのたまご。そう簡単には割り切れないわけで。
基本的に無表情な顔も相まって、一年の間では日比崎萌黄は他人と関わろうとしない冷たい奴だという認識が強まっていた。
「日比崎、お前喋れないんだってな」
『喋れない』のではない。『喋らない』のだと、何故わかってくれないのか。それでも萌黄が喋らないものだから、彼らはどんどんつけあがる。それでも、萌黄には喋らない理由があるから。同級生である彼らの罵倒を黙って聞いていた。
「あれ、お前ら何やってんの」
そんな中、紛れ込んだ声。それが無自覚に迷子になった、三之助であった。
三之助は、目の前の状況を客観的に正しく理解していた。彼は無自覚に迷子にはなるが、別に賢くないわけではないのである。かといって座学がとてつもなくいいわけでもないが。
(…これ、どー考えてもイジメだよなあ…)
そう思っていた三之助をしばらく見た同級生は、ばつの悪そうな顔して、舌打ちをひとつして散っていく。残されたのはいじめられたであろう、日比崎萌黄と、自分だった。
とはいえ、三之助には彼になんと声をかけるべきかなんてわからない。他の奴なら何か思いついたのかもしれないが、相手はあの評判の悪い日比崎萌黄である。内心困ったなあ、なんて暢気に考えていると、目の前の少年―――――萌黄は、口を開いた。
『ありがとう』
声が零れたわけではない。ただゆるやかに唇が動いただけだ。それでも、萌黄の言いたいことは三之助には十分、伝わったのである。
ぱたぱた、と彼が駆けていく音がする。三之助はしばらくぽかん、としたままだったが、やがてぱちり、と瞬きをひとつ。
(…あれ、?)
あいつ、いいやつなんじゃね?
02.噂なんてそんなもん
(誰だ冷たいなんて言った奴)
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