03.

「今日、秀君の様子おかしかったわね」


目の前の幼馴染は何も言わない。沈黙を肯定と取って、杜姫は縁側に座る手塚の隣に腰を下ろした。
しばらくは無言の時間が続く。隣に座る男が存外不器用なことは昔から知っている。杜姫とて菊丸から言わせれば不器用なのだが、それは彼女の知るところではなかった。じっと彼からの言葉を待つ。


「…今日、」

「うん、」


ぽつり、と話し始めた彼の言葉に、耳を澄ませた。


「今日、部活で背中の傷のことを問われた。どうやらこの傷に関して妙な噂が立っているらしい。俺はそのことに怒り、すぐに部室を後にしてしまったが…おそらく、大石は聞かれたのだろう。傷について何か知っているか、と」


そう言って手塚は目を伏せた。杜姫はその話に納得した。だから大石はあんなに切なそうな顔をしていたのだ。彼は、関係者以外で『事情』を知る唯一の人間だから。そして彼は優しいから。


「そう…」


杜姫はそれしか言えなかった。杜姫と手塚にとっては、人生でこれ以上ないくらいの衝撃的な出来事。精神すら壊してしまうような出来事を乗り越えて、杜姫と手塚はここにいる。
手塚にとって、背中の傷跡は誇りだ。大事な人を守った誇り。傷跡は残ったが元々そんなに重症ではないし、好きなテニスにも支障は無い。そもそもこの傷跡は小さくて、よくよく見ないとわからないのに、よく気付いたものだ。しかし手塚は出来ることなら放っておいて欲しかった。こんな根も葉もない噂を立てられるのは心外だった。
一方、杜姫の胸に湧くのは、手塚と同じ純粋な怒りだけではなかった。傷跡の原因の一端を担っている自覚のある杜姫にとって、それが手塚の障害になるのが嫌だった。自分への自己嫌悪と手塚に対する罪悪感。そしてこんな意味の無い噂に騒ぐ手塚の仲間への、悲しさ。


「杜姫」


低い声で呼ばれる。嗚呼、と杜姫は思う。


「気に病むなとは言わない。しかし、自分を責めるな」


こんな一言で前を向くことの出来る自分は、もうどうしようもないくらい彼に惚れ込んでいるのだと。そしてそれを愛しく思った。


03.Coming events cast their shadows before them.
(嵐の前の、静けさ)


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