02.

手塚と彼らの関係は、きっとすごく特別だ。俺や英二がその関係の輪の中に入ることになった経緯は長くなるのでさておき、彼らの幼馴染という枠に囚われないその関係を、俺は凄く羨ましいと感じる。


「こんにちは、秀君」

「こんにちは、杜姫ちゃん」


和服に身を包んだ彼女に、俺は笑ってそう言った。
彼女―――――香山杜姫ちゃんとは、二年の付き合いになる。なんで学校も違う彼女と知り合ったかっていうのは、さっき言ったようにちょっと色々あって長くなるから言わないけど、今も彼女とは良い友人関係を築いている。


「ちょっとお二人さん!俺のこと、忘れてにゃーい?」

「忘れたりなんてしてないわ。こんにちは、菊丸君」

「ん!こんにちは!」


俺の肩越しにひょこりと顔を出した英二にも微笑して挨拶した杜姫ちゃんは、「あがって。国光君たち、もう来てるから」と言って俺達を客間に案内した。


「あら、秀一郎君に猫君、こんにちは」

「こんにちは、雛子ちゃん」

「ちょっとー!俺はネコじゃないってば!」


客間に入ってすぐに声をかけてくれたのは、雛子ちゃんだった。赤に近い茶色の猫目が、俺と英二を見て楽しそうに細まる。いや、この場合はからかいの対象である英二に向かって、だ。すぐに言い返す英二に、俺は苦笑した。
雛子ちゃんは気の強いとこが多少あるけれど、基本的にきさくで話しやすい子だ。彼女とはまだ出会ってからそう経っていないけれど、俺も英二も口達者な彼女に遊ばれてばかりである。
しかし何故広い客間の扉に近い場所に座っているのだろう、と思っていると、奥の方で大きな音がした。


「こんの堅物眼鏡ぇぇぇぇぇぇ」

「眼鏡は関係ないだろうが!鬱陶しい」

「ああ?!お前がそのノートを寄越せば済むことだろ!!」


ドタドタ、という音と共に飛び出してきた大声。毎回のことだからもう気にしないけど、初めの頃はびっくりしっぱなしだった。手塚と、流依君の喧嘩だ。

いつもは真面目でクールな手塚が、この家では中学生らしく、くだらないことでむきになる(あ、いや、手塚だって普通の中学生なんだけど…うん)。相手は流依君で、彼と、手塚と杜姫ちゃん、雛子ちゃんは幼馴染だ。


「まだやってるの」

「そ。お陰でここまで避難してきたのよ」

「今度は何?」

「国光君の数学のノートをかけて攻防戦」


英二が「え、そんなことで?」とでも言いたげな顔で部屋の奥を見た。部屋からは依然としてドタバタと大きな音が聴こえる。さすがに迷惑じゃないだろうか。ここは杜姫ちゃんの家で、一応人んちだし。


「…手塚ってここに居るとき子供っぽくなるよにゃー…」

「まあ、ここに居る間は『部長』の肩書はないからなあ…」


英二が若干の呆れ顔で呟いて、俺がそれに答える。本当に、学校での手塚とは大違いだ。恐らくあれが素なんだろう。学校ではどうしても、生徒会やテニス部のことで忙しくて、気を張り続けているから。


「国光君がそんな器用な顔の使い分けしてると思う?」

「えっ」

「機会が無いだけで素で生きてるわよ。というかそろそろ騒がしいから止めてくるわ」


悪戯っぽく、雛子ちゃんが笑った。杜姫ちゃんが騒がしい二人をさすがに諌めに行って、すぐに騒ぎは止んだ。部屋の奥から疲れたような手塚と、ノートを持った満足そうな流依君が出てきた。どうやら軍配は流依君にあがったらしい。


「よっしゃあ!」

「…」


嬉しそうな流依君とは裏腹に、手塚はかなり不機嫌そうな顔。そこでやっと俺たちが来たことに気が付いたらしい。きょとん、という擬音が似合いそうな顔で俺達を見た姿がおかしくて、ちょっと笑った。



やっと騒ぎがおさまって、六人で客間に入ってお茶をする。もう恒例になったそれは、いつも通り、賑やかに、でもそれでいて穏やかに、過ぎていく。流依君は相変わらず馬鹿をやって今度は雛子ちゃんに怒られて、英二はそれを見て笑っている。俺はそれを諌めて、杜姫ちゃんは呆れた目で見て、手塚は溜め息を吐いて。

"いつも通り"。この言葉にどれだけの価値が込められているか、他人にはわからないだろう。

ふと、思い出すことがある。白い部屋、白い寝台に横たわる身体。その横で、そのひとの手を握って額に押しつけた、親友。でも横たわるひとは、虚空を見つめたままで。


俺は目を伏せた。もうあんな光景は見たくない。叫びすら潰されてしまうような、絶望は。

だから今日、部活の皆が手塚の傷跡の話をしたときに、あんな柄にもない態度をとってしまったのだ。"いつも通り"が変わることに、心底恐怖して。


「秀君?」


はっとして顔を上げると、杜姫ちゃんが心配そうにこちらを見ていた。慌ててなんでもないと言うと、少し釈然としない顔をしながらも彼女は何も言わなかった。


02. As always.
(護りたい大事なもの)

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