01.
「ねぇ、手塚。聞いてもいいかい?」
ある日の部活終わり、手塚が部室で着替えをしていると、不二が話しかけてきた。
その後ろでは桃城や越前達がこそこそとこちらを窺っていて、何となくあまり利の無い話なのだろうと思いつつも着替えの手を止め彼に向き直った。
「なんだ?」
「単刀直入に言うね。君のその肩の古傷って、なにがあったの?」
「古傷?」
手塚が問い返すと、「ほら、左肩の、肩甲骨の上辺りにある…」と言われ、やっと思いあたって「ああ、あれか」と呟く。
「別に大したものではない。傷といっても何年も前に負ったものだし、テニスに支障はない」
そう言うと不二は困った顔で「そういう意味じゃ、ないんだけど」と言われた。でなければ、何だというんだ。眉間にいつも以上にシワが寄る。
「その傷、噂になってるッスよ。なんかの事件に巻き込まれたとか、狂信的な部長のファンにつけられたとか、色々」
「…なんだ、それは」
越前のその言葉に、思わず手塚は低くそう言った。あまりにも馬鹿馬鹿しいその話にその後は無言で着替えをすませ、部員たちが慌てるのも構わず部室を後にした。
***
「やっべえ…手塚部長、怒らせちまったかな」
ひきつった顔で呟いた桃城に、不二は苦笑した。
「多分、桃に怒ってるんじゃないと思うよ。でも少し様子がおかしかったね」
どう思う?とずっと静観していた乾に問いかけると、彼はノートをペラペラとめくり眼鏡のブリッジを押し上げる。
「俺も気になってはいたんだが、いつも聞いてもはぐらかされてしまってな。正直あの傷のことは何一つわからないんだ」
「乾センパイでもッスか?」
「ああ。傷の治癒状況から付いてから3〜4年経っていること、跡が残っていることからかなり深めの傷だってことはわかるんだが、肝心の原因やそれに関係する事実なんかはさっぱりだ」
「うーん…何か隠したいことでもあるのかなぁ」
心配そうな桃城とは反対に、不二と乾は楽しそうだ。珍しく、手塚を突く材料があるからだろう。
「大石、何か知ってる?」
そんな中投げかけられた言葉は、この場の雰囲気からも自然なことだったように思う。
しかしこの問いに関する返答は、あまりにも不自然だった。
「…知らない。それより、早く着替えたらどうだ?あんまり長居するのはよくない」
副部長である大石のこの返しは、彼の普段の性格からしてもそっけなかった。冷たいその声音に、下級生はおろか同級である不二と乾すら、驚いて固まってしまった程だ。周囲の凍った気配にも、大石は気にしなかった。
「あれ?皆何してんの?」
痛い沈黙を破ったのは、幸か不幸か大石のパートナーである菊丸だった。今しがた部室に入ってきた彼は、凍りついたその光景に首を傾げる。しかし凍った周囲とは隔絶するように背を向けて着替えている自分の相棒を見とめた菊丸は、いつものようににっこり笑って言った。
「どしたの?早くしないと校門閉まっちゃうじゃん。着替えよ!」
菊丸の明るい声につられて、ようやく彼らは動き出すことができたのだった。しかし不二と乾は、着替えている間も、大石の方へちらちら視線をやっていた。
「…ごめん、英二」
「うんにゃ、気にしなくていいよん。何となく、わかったし」
帰り道、大石は部内の空気を変えてくれた菊丸に謝った。菊丸は気にしてないという顔で笑って、大石の前で振り向いた。
「そういう顔する大石は、大体考えてること決まってるもんね。今日はー、手塚?」
「…敵わないな、本当に」
大石は苦笑いをした。そして菊丸が来る前に起こったことをありのまま話した。菊丸は真剣に聞いていた。そして思う。この自分の相棒は、良くも悪くも優しすぎるのだと。大事なものは、それこそ宝物のように大切にする奴だから。手塚はきっとそんなことを気にするような人間ではないのに。
ちらり、と菊丸の頭によぎる少女。彼女もきっとこれを聞いても、怒ったりはしないだろう。逆に彼女は自分を責めるのではないだろうか。言わなければいいのだろうけど、敢えて自分は言ってやろうと思う。大体大石も手塚も彼女も、お互いを思うあまりかなり言葉が足らないのだ。
(ホント、世話が焼けるにゃー)
菊丸は不器用すぎる友人たちを思って、ひとりクスっと笑った。
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