00.

杜姫が自分という存在を説明するには、非常に長い時間を要する。パラレルワールドというものを知っているだろうか。同じような、それでいて違う世界が並行して存在すること。誰が考えたのかなんて知らないし知る必要もないが、つまるところ、杜姫はこの世界をそう認識していた。
杜姫には、この世に生を受ける前の人生の記憶を「複数」、持っている。気が狂っているわけでも、妄想癖を持っているわけでもない。これは杜姫にしか証明の出来ない、しかしまぎれもない事実だった。知っている人間はこの世界には、いない。これは杜姫が墓場まで持って行く秘密だ。

目を閉じて、呼び起こすのは一番はじめの記憶。杜姫が杜姫という名前をもらう遥か前の、原点だ。

















今日、私は生贄に捧げられる。別段それに思うことは無い。
だって私はそのために生かされていたのだから。


「竜神様、竜神様。どうか怒りをお静めくださいませ」
(…くだらない)


必死に言霊を紡ぐ神官を冷めた目で見る。その後ろでは農民がひたすらに平伏し、私の親と呼ばれる人物は、神官のななめ後ろで手を合わせている。しかしその口元は奇妙に歪んでいて、私は目を細めた。

  縛られた両手足。目の前に広がる、底なし沼。

何の感慨もなく見つめた私は、自分を支えていた柱もろとも、沼に沈んだ。


(…くそったれ)












私の母は、豪農である父の妾であった。だから母の死後私は家から疎まれ、憎まれ、育てられた。まともに食事すら与えられないこともあった。しかし、もうそれは"終わったこと"であって、私が何かを思うことはない。しかし、ひとつ疑問に思うことがあった。

―――――何故母は、あのような男を愛し、傍にいたのだろうかと。


『あの人はね、寂しい人なの。だから、私が傍にいてあげなくちゃ』


―――――でも母上。あの男には、そんな価値が果たしてあるのでしょうか?








気が付いたら私は、死に装束となった真っ白な着物を着て、これまた真っ白な空間に立っていた。ここが死後の世界だろうか?…実に、あっけない末路だった。


―――――生きたいか。


誰かに声をかけられる。ああ生きたいとも。誰だって死ぬのは嫌だ。


―――――願えば、幾度も幾度も、巡り巡って生まれることになろう。輪廻には戻れまい。


私は笑った。巡る、か。先の生が約束されているなんて、それはとても楽しそうだ。
私は頷いた。


―――――ならば、巡れ。永久に…


白い空間にその声が響いた瞬間、まるで硝子が割れるような音がして。






―――――私は、まっさかさまに、落ちた。




00. The die is cast.
(さあ、賽は投げられた。)(永い永い、時間の幕開け)

[ 1/2 ]

[*prev] [next#]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -