「帽子屋」

アリスは、気付いていながら尚無表情に茶を啜るとっても優しい天の邪鬼に声を掛けた。怒りを孕んだ声が返されることも覚悟して。

「なんで来やがった」
「ふふ、まずはお茶くらいちょうだいよ」

ぶっきらぼうな物言いも全く意に介さないアリスに、帽子屋の苛立ちが増す(それでも乱暴な素振りながらもお茶は用意するのだ)。
帽子屋の作業を染々と見つめていたアリスに、帽子屋はポツリと訊ねた。

「最後なんだろ」
「わかる?」
「……」

それからまた会話は途切れ、カチャカチャと茶器の音のみが立つ。
お湯が沸くと、ティーポットとティーカップそれぞれにお湯を注ぐ。十分にポットが温まるとお湯を捨て、茶葉を入れて再度湯を注ぐ。高くから注がれたお湯のおかげで、透明な硝子容器の中、茶葉がくるくる翻って、それは、何よりも美しいものに見えた。

「ティーポットを予め温めておくのは、注がれたお湯の温度を下げないため。お湯の温度を下げないようにするのは、茶葉をしっかり開かせるため。そう、温めるのは本来ポットだけでよいのです。ティーカップを温めるのは……その人への気遣い」
「俺を揶揄ってんのか」

不機嫌そうに吐き捨てた帽子屋が続いてカップの湯も捨てる。アリスは然して気にはせず、予想通りの返しに対して肩を竦めてみせた。

「そろそろいいか」

テーブル上にある止まったままの時計を横目で見た帽子屋はティーカップを手に取ると丁寧にカップに注いでいった。

「意外と大雑把なんだな。帽子屋のことだからしっかり測ってるのかと」
「何すっかり俺のこと知った風な物言いしてんだ。――テキトーで良いんだよ。どうせ子供のおままごとレベルのお茶会だ。第一時間止まってるし」
「? あー、うん」

曖昧な返事を返したアリスを気に留めることなく帽子屋はその話題を切った。帽子屋の言葉、後者は度々言われてきたことなので今更疑問はない。問題は前者。このお茶会が、おままごとレベルとは。綺麗に磨かれた銀食器、残った茶を冷まさないために被せられたティーコジーを見つめながらアリスは少しの蟠りを抱えた。
暫時そのまま固まっていたアリスの前、徐に帽子屋が溜め息を吐いた。その吐息の主に目を向ける。

「お前にはこの国の食べ物を口にしてほしくなかった」
「うん」
「きっともう、帰れない」
「そう」

ゆったりとした動作でティーカップを下ろしたアリスは、俯いたまま拳を小さく震わせる帽子屋を横目に置きつつ、それでもなお、言葉を紡ぐ。

「イザナミさんとイザナギさんかー。ちょっと喩えが壮大すぎかな?」

帽子屋はただ黙って頭を振った。
思えば、最初からずっと彼はとても優しかったのかもしれない。出会った途端追い返そうとしたこと、頑なに茶を出そうとしなかったことを思い返す。アリスが彼にすっかり入れ込んでいたのも、それを無意識に感じ取っていたから。

「アリス、まだ帰る気があるなら、白ウサギだけは信用するんじゃねえ」

――ああ、本当仲が悪いんだから。
アリスは眉を八の字にして苦笑いした。