「んん〜……」

閉め切られたカーテンをも突破して、陽光が部屋に差し込んでいた。それでも薄暗い部屋の中央、ふかふかのベッドで丸まる芋虫――基アリスが唸っていた。
閉じられた瞼の奥に広がる闇。そこに、次々と何かが浮かんでくる。心なしか息苦しくもあった。
悪夢真っ最中である。

(暗い、苦しい……狭い?)

暗闇の中手を振り乱してもがく。苦しさは絶えない。そうして、ふいにこの苦しさは圧迫感なのだと気付いた。思えば、闇は底無しに広がると言うより自分を覆い込むようである。
暗く苦しいのでなく狭い。そう思って見てみたら、次々と浮かんできていた何かが、はっきりと像を結ぶようになった。肖像画。いや、誰かの写真。豪勢な額縁に仕舞われた。

「ぅ重いッ!!」

布団を跳ね上げてアリス飛び起きた。じんわりと浮かんだ汗を拭いつつ、息を整えれば、視界の端に不思議な物体を見つけた。
灰色の丸い物体。それはちょうどアリスの腹の上に乗っている。
――苦しかった原因はコレか。
アリスは無遠慮に灰色の物体を叩いた。

「みぎゃっ」

途端、灰色の物体から鳴き声のような泣き声。のそりと頭が上がる。

「痛いよー非道いよーアリスー。動物愛護の精神に反してるよ」
「どこが。お前は愛護するに値しない」
「えぇっ」

チェシャ猫がショックを受けてまた丸まろうとしたのでまた引っ叩いた。



* * *


寝室を出た2人は絨毯の上を歩いている。
あのあと、「3時はお茶の時間だから」と言われてアリスは帽子屋宅を追い出されてしまった。しかし、そのときちらりと見たテーブルの時計は明らかに止まっていて、確かに3時を指しているけども、絶対にあれは3時ではなかった。でも帽子屋がお茶の時間を楽しんでいたのは明らかだったし、あまり長居するのも不躾かと、不服ながらも白ウサギ邸に戻ってきた。
神経質そうなのに、屋敷への不法侵入については『アリスだからおっけー』で済まされたというから不思議だ。アリスはこの国で全領地フリーパス権でも得ているのか。

「あっアリス! お早う御座います! ……猫は吹っ飛べ」
「お早う」
「にゃー〜」

リビングに差し掛かると白ウサギが既にモーニングティーを楽しんでいた。カモミールの香りが漂っている。
にこやかに駆け寄ってくる白ウサギに、軽く挨拶をしつつアリスは最低限の礼儀は、と家主に礼を述べた。

「その、一晩部屋を貸してくれて……あ、有り難う。ピーター」

しかし一方、礼を言われた白ウサギはきょとんとしていた。鳩が豆鉄砲喰らったみたいな。
アリスが素直に礼を述べたことがそんなに意外だったのか。アリスは内心苛ついた。
こう見えて短気なアリスである。
けれど白ウサギから返ってきたのは全く見当違いな言葉だった。

「何言ってるんですアリス? 一晩と言わず、あそこはアリスにお貸しします。好きなときに好きなように帰ってきて下されば結構です。お気に召さないのに強要するほど、俺は愚かではありません」
「え……」

アリスはゆっくりと唾を飲み込んだ。
ふかふかベッド……寝放題……。

「有り難う白ウサギッ!!」

あまりの嬉しさに、気づいたらアリスは白ウサギに抱き着いていた。白ウサギは咄嗟のことに上手く反応できていない。はっとアリスが我に返って、ようやっと2人は離れた。
その横で、

(うわあ……アリスそんなにふかふかのベッド嬉しかったんだあ)

と、普段アリスが寝ている環境を知るチェシャ猫が1人、あたたかい目でその様を見つめていた。