空気が冷たかった。
あれほど昂っていた空気は形を潜め、足元をねぶるようになった。葉擦れの音が鳴り響く。
ここは暗い森の入り口。境界線の前で、アリスは揺らいでいた。白ウサギの言葉が脳裏を掠める。
――けれど、けれどそれでも。
どうしても森の中に入ってみたかった。次第に日は落ち始める。きっとそれまでに抜ければ良い。好奇心の前には危機感など何も意味を為さなかった。

そうして、アリスは風に誘われる儘、森へと踏み入った。



***



「眩しい」

白ウサギがあれほど酷く言うのだ。一体どれ程の荒れ地かと思いつつ来てみたもののどうだ。そこは案外美しかった。
踏み均され出来上がった道は広く、その端には野苺や野薔薇が咲く。高い木々が聳えているが、それらは陽光を遮ることなく、行儀よく立ち並んでいる。
誰かが手入れしているように見えない、自然と出来上がっただけの素朴な美しさ。
それらを目の端で愉しみながら、アリスは歩を進め、

「分かれ道……」

に至った。
よくよく目を凝らせば、左側の道の奥にはうっすらと建物が見えた。



* * *



先程までは景色の一部だった建物が、対象物となる。左の道を選んで歩くこと数分。アリスの目の前には屋敷が現れた。門扉は無く、庭と森の境界は不明。
アリスがふらりと視線を流せば、その先には(おそらく)庭で茶を愉しむ人影があった。

「こんにちはお嬢さん」

声を掛けられ振り返ったのは、頭上に乗ったティーポット型ミニハットが特徴的な美少女だった。