「幸せな夢って、喰えば神童も幸せになるのか」


言いながら南沢は、自身のものとは比べものにならないほど上質なそのベッドの中で身動いだ。
その横で、申し訳程度に辺りを照らすライトを灯し読書をしていた神童は、恋人からの唐突な質問に思わず呆けてしまう。
幸せな夢を喰い幸せになる、今思えばそんなこと、考えたこともなかった。
夢を喰うバクである神童は、夢の匂いをかぎ分けることができ、その夢が幸せであればあるほど匂いは甘く、悪夢であれば悪夢であるほど匂いは称しがたい苦みを含む。
故に周りの夢に敏感な神童は、なにやら南沢が甘さを漂わせていることをよきことと感じていた為に、南沢からのこの質問には少々躊躇った。
以前、神童は南沢の悪夢を食べたことがあった。
それも今までに類を見ない特大の悪夢を。
その時一緒になって涙を流したことを、恐らく南沢は覚えていたのだろう。
苦しい夢を喰うと苦しくなる、とすれば幸せな夢を喰えば幸せになるのかもしれない。
それが南沢の考えだった。
いつも側にいて支えてくれる神童へのせめての恩返し、できることならこの幸せを、ふたりで共有したい。
そう思い至ったための、南沢なりの甘えが含まれた問い掛け。
まぁ、そうでしょうね。
そう返して、神童は読んでいたページに栞を挟み込み、閉じたハードカバーブックを枕元に置いた。
真っ白な布団に包まり、そこから頭だけを出して、上目気味に神童を見つめる南沢は、いつもよりも幾分も可愛く、幼く見える。
また明かりにより少し色づいているようにも見えるその頬を撫でながら、突然どうしたんですか、と神童。
すると南沢はこそばゆそうに目を細めながら、んん、と小さく声を漏らして考えるそぶりを見せた。
しかし考えるまでもなく、南沢の中でその答えはひとつしかなかった。
自分に対しこれでもかと尽くしてくれる神童に、幸せになってほしい、そのために自分ばかり幸せではいけない。
もしも夢を通じて相手も幸せになれるのなら、夢のひとつやふたつ、くれてやろう、と。


「南沢さん?」
「神童はさ、幸せ?」
「はい、勿論。側にあなたがいるんですから」
「……ばか」


言ったきり、眼下で布団に潜ってしまった南沢。
またいつもの照れ隠しだろうかとも思ったが、どうやら違うらしい、と直感的に思う。
もしかしたら機嫌を損ねてしまったかもしれないと、神童は忽ち狼狽しでも、と言葉を続けたが、弁解をしようにも言葉は出てこず神童の話に耳を傾けるべく顔を出してくれた南沢も、言葉に詰まる相手に不満そうに俯いた。
神童も、南沢が望むのならば夢を食べてやりたいとばかり思っていたが、それは南沢から夢を奪うこと、南沢は二度とその夢を見なくなってしまう。
神童だって、南沢からのお願いを叶えたくないのではない。
こんなにも甘い匂いのする夢が、決して気にならないわけでもない。
もしも許されるならば食べてみたいとも思った。
しかし、葛藤やら戸惑いが働きかけて、なかなか行動に移せないまま、いい言い訳も見つからず、神童は南沢の機嫌を下へ下へと引っ張ってしまう。
これではダメなのに。


「神童」
「、わ、ちょっと…南沢さん…!?」


でもと呟いたきり黙りこくったのに痺れを切らしたのか、南沢は腕を目一杯伸ばして神童を引き寄せた。
自分よりも小さいはずの南沢のどこに、そんな力があったのかという程のパワーで抱きしめられ、顔を首筋にうずめることになってしまう。
甘い夢の匂いだけでなく、それこそシャンプーの匂いや、南沢の微かな汗の匂いが鼻孔をくすぐり心地がいい。
ふと神童が目を瞑ったのを見計らったかのように南沢は言葉を続けた。
お前が何躊躇ってんだかは知らない、でも夢喰いなら夢喰いらしく俺の夢、喰えばいいだろ、と。
咄嗟に頭を擡げてでもと返した神童だったが、じっと見据えてくるカラメル色の瞳には勝てず、そんなに言うのならと小さく頷いた。
いいんですか、なんて今更野暮だろう。
愛おしむようにアメジスト色の髪を撫でたついで、そのまま頬に手の平を這わせば、南沢は恍惚とした笑みを浮かべて瞼を下ろす。
それを合図に神童は、顔を寄せて額同士を合わせ、いただきます、と呟いた。


「召し上がれ」





20120603/title by 驕児

一樹さんへ拓南です。とっても素敵なリクエストでしたのに…こんな中途半端なものですみません…力不足です。
書き直し等受け付けております、気軽にお申しつけ下さい(>_<)

リクエストありがとうございました!





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