※ほも未満


仕事帰りの深夜0時過ぎ、黄瀬は寒さに震えながら、家路を急いでいた。今日の撮影担当は注文の多い曲者で有名なカメラマンであり、黄瀬はいつもより神経をすり減らして仕事に挑んだ。なんとか及第点はもらえたものの、撮影は予定より3時間も延び、体力・精神力ともに限界に近かった。
(……腹減った……でも、こんな夜中にメシなんて食えねーし、ガマンガマン)
幸い明日の講義は昼過ぎからだし、今日は帰ったらすぐに寝よう、そんなことを考えながらマンションのオートロックを解除し、階段を足早に駆け上がる。とにかく早くシャワーを浴びて、ベッドに潜り込んで眠ってしまいたかった。
階段を上りきると、黄瀬は部屋のドアの前に何か黒い大きなものが置かれているのに気が付いた。腰の高さくらいはあるだろうか、黒くてもこもこしているのが遠目でもわかった。
(……なに、あれ)
近づいてみれば、それは膝を抱えて座り込んでいる、黒いダウンジャケットを着た人間だった。しかもずいぶん見覚えのある人物だ。
「……久しぶりっすね、青峰っち。ここでなにしてんの」
青峰はのろのろと顔をあげ、相変わらずの悪人顔で黄瀬を睨みつけたかと思えば、「あれ、黄瀬だ」と頬を緩めた。
「おせぇじゃねーか、帰ってくんのが。デート?」
「今の今まで仕事っすよ。ってか青峰っちはなんでここにいるんすか」
「飲み会やってたら終電逃して、帰れなくなったんだよ。だから泊めてクダサイ」
「はあ?やだよ、俺今日の撮影で疲れてるんすから。酔っぱらいの世話する余裕ないんすよ。他の人んとこ行けって」
「この辺に住んでる知り合い、お前しかいねえんだよ」
黄瀬ははあ、とため息をついた。この調子だと、青峰は家に入れるまではてこでも動かなさそうだ。明日の講義は諦めよう、と思いながら、青峰に手を伸ばす。
「……しょうがないっすね、ほら、開けるから立って」
掴んだ手を引っ張り上げて立たせると、力の入っていない青峰がふらふらと黄瀬にもたれかかる。
(うっわ青峰っち、息酒くさっ、そんで重っ!)
黄瀬は片腕で青峰の腰を抱き寄せて支えながら鍵を開け、家の中へと入った。
 
青峰くんは普段から面倒な人ですが、酔うとさらに面倒くさくなるんです、というのは黒子の言葉だ。酒に弱くはないが、加減せずにがぶがぶと飲む。キセキの連中で飲みに行っても、ペースを飛ばしすぎて最初につぶれる。そんな青峰の世話をするのは、いつもはザルである黒子の役目であり、黄瀬は青峰を世話したことがなかった。
「……俺、今なら黒子っちの大変さがわかる気がするっすわ……」
家に入ってすぐに、青峰は口元を押さえ、吐きそう、と青ざめた顔をした。こんなところで吐かれてはたまらない、と黄瀬はあわてて青峰をトイレに連れて行き、便器に顔を押し込んだ。青峰が食べ物と酒を便器にぶちまけている間、かいがいしく背中をさすってやり、それがひと段落するとミネラルウォーターで口をゆすがせ、上着を脱がせてソファーに横たえ、毛布を掛けてやる。自分と同じガタイの男を運ぶのは大変だ。





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