※アリモル未満



ひとりねのよる

それぞれの目的を果たすため、モルジアナがアラジン、アリババと別れて暫くが経った。今、モルジアナは暗黒大陸に向かうべく、レームの港に滞在している。シンドバッドから貰った金貨はたくさんあったが、モルジアナはそれで贅沢をしようという気にはなれず、宿も格安のものにしようと考えたが、出発前のマスルールの忠告や、ジャーファルに「困った時はシンの名前を出しなさい。国外とはいえど、だいたいのことは何とかなるでしょう」と書き付けを用意してくれたことを思い出し、とりあえずそこそこの値段であり治安も良い地域の宿を選んで、持っていた書き付けを見せたのだが。
(私には豪華すぎるわ……)
あてがわれた部屋はその宿で最も豪華な部屋で、シンドリアの王宮ほどではないが大きなベッドと豪華な風呂が備えられており、テーブルには山盛りのフルーツが盛られていた。



大きなベッドに寝転び、モルジアナは天井を見つめた。
(広すぎる……)
シンドリアの王宮のベッドはこれより大きく、アラジンとアリババと3人で寝ていた。毎晩、就寝前にランプに火を灯して、稽古の成果や新たな発見、その日あった出来事やこれからの話などを語り合った。今はもう、遠い昔のことのようだ。
シンドリアは気候も温暖だったが、一緒のベッドで寝ていた二人の体温を、モルジアナは今も覚えている。アラジンは子ども特有のあたたかさとやわらかさを持っており、一方アリババは細身とはいえど筋肉質な身体つきで、体温もアラジンほど高くはなかった。
体温、と考えたところで、モルジアナは唇にそっと手を当てた。
(白龍さんのくちびるは、どうだったかしら)
突然の出来事で混乱していて、あまり覚えてはいなかったが、なんだかとても熱かった気がした。モルジアナをつかんだ腕の力も強くて痛かった。
(あのとき、私、なんだか、とてもこわかった)
あのくちづけは、アラジンが戯れに頬にするくちづけとは違った。なにか、もっと熱くて、激しくて、すこしいやらしさのようなものを孕んだ、そんなくちづけだった。恋に落ちた男女がするようなくちづけを、モルジアナはまだ知らなかった。
あのくちづけのあと、真っ先に思い浮かんだのはアリババだった。彼に、そばにいて欲しくて、白龍を追いかけようとしたアリババを、モルジアナは引き止めてしまった。
(私、どうしてあの時、アリババさんにそばにいて欲しいって思ったのかしら)
なぜかはわからないが、モルジアナはあのとき、アリババにどうしてもそばにいて欲しかった。様子のおかしいモルジアナの頭をポンポンと叩いて、幼子をあやすような口調で「大丈夫だから、な?ほんとどうしたんだよ、お前」と困った顔をしたアリババに、モルジアナはみぞおちのあたりがきゅうっと締め付けられるような、すこし苦しい気持ちになった。
(変だわ、一人寝の夜なんて、慣れっこだったはずなのに)
さみしくて、さみしくて、仕方ない。
一度人肌を知ってしまったら、その気持ちよさを覚えてしまったら、もうなかった頃には戻れない。
(……早く、帰って会いたいわ)
モルジアナは机の上に丁寧に置いた首飾りを横目で見つめて、思った。

このみぞおちの苦しさの名前を、彼女はまだ知らない。






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