僕らの関係に、名前はない。
友達でもない、恋人でもない、曖昧な関係は、もう6年続いている。
次の授業まであと50分。一人で手持ち無沙汰な僕は、キャンパス内にあるカフェの隅の席で文庫本を読んでいた。
「あれ、テツ」という声がして、顔をあげれば、青峰くんが見知らぬ女性と立っていた。
「珍しいな、お前が一人とか。さつきや火神は?」
「桃井さんは講義に出ていて、火神くんは今日バイトです。そちらは彼女さんですか?」読みかけの文庫本に指を挟んで、僕は彼の隣の彼女を見た。この間の彼女より胸が大きいけれど、この間の方が美人だった気がする。
「ん、あー、まあ」
はっきりそうだと言わない青峰くんにやきもきしたのか、それとも僕のことが気に入らなかったのか、女性は僕のことをきつく睨んで威嚇する。心配しなくても、僕は青峰くんの彼女じゃありませんよ。とっととラブホでもアパートでも行って、その豊満なおっぱいを彼の思う存分揉ませてあげてください。
「じゃあな。あ、千円、また今度返すわ」
「前みたいなのは認めないですからね」
「何だよ、身体払いがそんなにご不満か?あんなに喜んでたくせによー。俺も久しぶりにお前とやれて楽しかったしな。ま、最後はテツ、へばって立てなくなっちまったけど」
あ、青峰くん、今の言い方はちょっと。
と僕が言う間もなく、ばしんと彼女の平手が青峰くんの頬を打った。
「サイテー、このヤリチンが!」
そうしてくるっと振り返ると、ヒールをかつかつと鳴らして足早に去って行く。
「テツ、俺何かしたか?借りた千円、1on1でチャラにした話だったよな?」
「君の言い回しが、誤解を招くようなものだったんですよ」
本当にバカですね、君は。
次の日の昼、火神くんに昨日の話をすると、彼は盛大に飲んでいたコーヒー牛乳を吹き出した。
「あっははははは!何だそれ、青峰バッカじゃねーの!」
「火神くん、汚いです」
「だって面白くてつい」
1on1の話だったのに、お前と青峰がヤったって話になっちまうんだからよ、しかもそれで青峰振られたんだし。
僕はムッとしたので、サンドイッチにがぶりと豪快に食いついた。
「ちっとも面白くなんかないですよ、少なくとも彼女は、僕と青峰くんがセックスしたと思っているわけでしょう?僕のことを、貸した金の代わりにセックスを許すようなビッチだと思っているわけでしょう。とても心外ですよ」
「……黒子……お前、昼間っからセックスだのビッチだの、あんまり大きな声で言うなよ、仮にも女子だろ」
「火神くんはそういうところ、僕よりよっぽど女子力高いと思いますよ」
「いらねーし、女子力。……ていうかさ」
火神くんが真剣な目で僕を見据えた。
「お前と青峰って、付き合ってんのか?」
今度は僕が盛大に飲んでいたミルクティーを吹き出した。
「うお、きたねえ」
「失礼しました、っていうかあり得ないですそれは」
「何でだよ。お前ら仲いいだろ」
「だって、考えてみてくださいよ火神くん、君が言う、僕が青峰くんと付き合うっていうことは、君がアレックスさんと付き合うっていうのと同じですよ。どうですか、考えられなくないですか」
「……確かに」
「大体、青峰くんとは知り合ってもう6年経ちます。今まで彼に恋愛感情なんて抱いたことないんです、これからだってきっと、抱きやしないでしょう」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
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