金造と勝呂
(廉造のぬいぐるみを無理矢理奪った勝呂を金造が叱る)

ばちん、と平手が柔らかい頬を打つ。あまりにいきなりだったので、勝呂はよろけて尻餅をついた。
「おれの弟に何してくれんのや、ドアホ!!」
金造が勝呂に怒鳴ることなんて、いや、女将以外の人間が勝呂に怒鳴ること自体見たことがなかった。八百造や蟒さえ、勝呂を叱りこそするが、平手打ちして怒鳴り付けることはない。だから、二人の間でおろおろしていた子猫丸も、金造の後ろに隠れていた廉造も、叱られた勝呂自身も、ぽかんと口を開けて呆然としていた。
「人のもん取ったらあかんて、おかんに教わらなかったんかい!そんぬいぐるみは廉造がおとんから誕生日にもらった宝物なんやぞ!」
「せやかて、」
「せやかてもくそもあるかい!」
「…………」
勝呂の大きなつり目が潤み始めた。
「き、きんにい、ぼんないてまう」
廉造が焦って金造のTシャツの裾を引っ張った。金造は勝呂を睨み付けたままだ。
「なんや、なんの騒ぎや、……坊?」
騒ぎを聞きつけたのか、柔造が現れた。勝呂が泣きそうなのを見て、慌てて勝呂に駆け寄った。
「金造、坊いじめたんか」
「ちゃうで。坊が廉造のぬいぐるみ取ったから、おれが叱ったんや」
「せやかて言い方いうもんがあるやろ。泣きそうやないか」
「だからなんや!おれも廉造も柔兄も、子猫だってそうや、悪いことしたら大人にごっつ叱られるやろ!泣いても反省するまで許してもらえんやろ!せやけど坊は叱られん!でも叱られな、それが悪いことやてわからへんやろ!だからおれが叱っとんのや!」
柔造は目をみはった。五つ下の弟が、こんなにも成長していたとは。
「……確かに金造の言う通りや。坊、今のは坊がいけません。ぬいぐるみ返して、廉造に謝ってください」
勝呂はこくりとうなずいた。目から大粒の涙を流して。
「れんぞう、かんにん」
くたびれたぬいぐるみをつき出すと、廉造はそれをいとおしそうに抱き締めた。
「……ええよ」
「ようし、ええこええこ」
金造はそれを見て満足そうに、勝呂の頭をわしわしと撫でた。
「……あ、うささんのくびが!」
廉造が叫ぶ。見ると、ぬいぐるみの首の部分が少し破れ、綿が出てきてしまっていた。
「ふぇ………」
「さっきとりあってひっぱったせいや」
ふたたび泣きそうになる二人の頭を、柔造はぽすんと叩いた。
「心配せんでええ。蝮に頼んで、直してもらうからな」




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