※捏造含む
蝮→→→→→柔

僧正家には代々、“当主は長子が継ぐ”という決まりがあった。男でも女でも、力が強くとも弱くとも、長子が継ぐのが決まりだった。
だから、矛造さんが亡くなったあの日、志摩が次期当主になってしまった。

「今日からはな、うちの名前“ジュウゾウ”なんやて。柔らかいの“柔”に、矛兄の“造”や」
青い夜から数ヶ月後、大人たちが何日も話し合って、亡くなった者の穴をどう埋めるか決めた。志摩は、矛造さんの代わりに志摩家の次期当主になった。しきたりでは、女性が家督を継ぐ場合は男名を名乗ることになっている。それにならい、志摩は今日から“柔造”なのだという。
「柔らかいって、なんやあんまり強そうに聞こえんよなあ。矛兄は“矛”やったんに」
「名前に文句なんてつけたらあかん。八百造さんが一生懸命考えてつけてくれたんやろ」
「お父、泣いたんやで。うちのことぎゅって抱きしめて、堪忍、堪忍って。お前にこないな思いさせてしまうことになって、いっそ矛造の代わりにお父が死ねればよかったんに、って。思わず殴ってしもうたわ」
志摩は笑った。無理して笑っているのがバレバレだった。目尻の垂れた瞳が揺れていた。
「代わりに死ぬとか、冗談でも言うなって、うちが矛兄の代わりに頑張るから、二度とそないなこと言うなって怒鳴りつけてやったわ」
志摩は泣きそうだった。けど泣かなかった。俺は黙って頷いた。志摩が気丈に振る舞うなら、俺は余計なことは言うまいと思った。

あれから十六年。齢二十五にして上二級祓魔師で、女でありながら祓魔一番隊隊長を務める志摩は、次期当主として言うことなしだった。
酒癖と男癖の悪さを除けば。

「蝮、お前からも何とか言ってやってくれんか。私にはあいつがようわからへん」
母様に頼まれて、離れの書斎で酒盛りをしている父様と八百造さんの所へ、酒とつまみを出しに行った時だった。八百造さんが俺に向かって呟いた。
「もう大人だからあんまり口出しはせぇへんと思っとったけど、嫁入り前の女が三日に一度は朝帰り……宴会じゃ悪酔いして部下を押し倒し……このままやといつか、知らん男の子ぉ身籠ってシングルマザーなんてことも……」
「や、八百造、落ち着けや」
顔を覆って鼻をすすり出した八百造さんを、父様が慌ててなだめる。かなり酔っているらしい。
「蝮、私からもお願いや。お前と柔造さんは昔からの付き合いやから、お前の言うことなら少しは聞くかもしれん」
そないなことあるわけないやん、と思いながら、「善処します」と軽く笑い、部屋をあとにした。

「昨日はお父がお世話になったようで」
次の日、昼休みに縁側で休んでいると、志摩が隣に現れた。
八百造さんは結局、昨夜酔い潰れてしまい、我が家に泊まっていったのだ。二日酔いで頭が痛いらしく、午前に所長室を訪れたときは眉間のシワが一層濃くなっていた。
「八百造さん、お前のこと心配しとったで。三日に一度は朝帰りって、お前な」
「ええやんか。酒も煙草もセックスも。次期当主としてのお務めはしっかり果たしとるんやさかい」
志摩は懐から煙草を取り出し、ジッポのライターで火を点けた。勧められたが、持っていたので断る。俺も懐から煙草を出してくわえた。俺のライターは百円のちゃちなものだった。
「蝮、百円ライターはカッコ悪いで。そんなんやからいつまでも童貞なんや」
「童貞ちゃうわ」
童貞は高校の時に捨てたし、部下の女の子が最近熱い視線を送ってくる。全くモテないわけじゃない。
煙を肺いっぱいに吸い込んで、吐く。十代の頃、早く大人になりたくて煙草に手を出した。ひとつ年上のこの女に追いつきたい一心で。
「どうせもうすぐ親の決めた男を婿にとって、子供作らなあかんのやろ。子供生んでしもうたら、祓魔は引退せなあかん。今まで必死でやってきて、ようやっと一番隊の隊長になれたんや。せめてあと五年、仕事して、酒飲んで、いろんな男と寝てみたい」
あと五年。その間に俺は、この女を振り向かせることができるのだろうか。十六年前、志摩が“柔造”になったあの日から、欲しくて欲しくてたまらないこの女を。
「……ん、えらく物欲しそうな顔しとるやんか。蝮、うちと寝てみる?」
吸殻を庭に投げ捨て、志摩が俺の顔を覗きこんだ。形の良い唇、目尻の垂れた睫毛の長い瞳、團服の下に隠された、しなやかな身体を欲しいとは思うけれど。
「お前の方から欲しがるまでは寝てやらん」
今までこいつを抱いてきた、たくさんの男のうちの一人になるのはごめんだった。
「そう。けどうちは、あんただけは好きにならへんよ。あんたを好いても、うちは宝生の嫁にはなれへんさかいな」
言われなくてもわかっている。ちくしょう、くそったれ。なんだか泣きそうだ。
「×××」
志摩が普通の女の子だった頃の名前を呼んでみた。志摩の瞳が揺れた。今度は志摩も泣きそうだ。
「呼ぶな、ちくしょう、くそったれが」

俺も彼女も、こんなにも“家”に縛られている。青い夜が、中途半端に明陀を壊したせいだ。どうせ壊すのなら、戻れないくらい滅茶苦茶にぶっ壊して欲しかった。そうすれば俺も彼女も、ただの幼馴染みの男と女でいられたのに。俺が彼女を手に入れることだって出来たかもしれないのに。

ちくしょう。
くそったれが。





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