いつから好きだったかなんてもう分からない。知らないうちに、気付いたら好きになってしまっていた。

夏のある日。出張所の縁側に座って一休みしていた私の隣に、志摩がふらりとやってきて腰掛けた。
「見合いしろって」
志摩が見せてきた見合い写真には、小柄で色白の美人の姿が写っていた。
「………美人やんか」
呟けば、志摩が写真を閉じた。
「………それだけか」
「何がや」
志摩が何を言いたいかは何となくわかった。けれど私はわからない振りをした。
「……何でもない」
志摩は小さく頭を振った。仕方ないやろ。私は心の中で呟いた。あんたに何言うても、仕方ないやろが。
「結婚なんて、もっと先の話やて思っとったわ。俺まだ二十五やで」
「そろそろ適齢期ちゃうんか。八百造さんかて結婚早かったやろ、矛兄様の歳考えれば」
「せやかて、初対面の女と結婚なんてできへんわ。しかも一般人やし」
「……ええ加減腹くくったらどうなん。あんたがいつまでもふらふらしとるから、八百造さんも心配なんやろ。それに、子ぉ作るんも立派な当主の務めやんか」
「…………」
志摩が下唇を噛んでうつむいた。
「……お前は、ええんか」
「私に聞かんでよ、そないなこと」
「俺は、ッ俺の欲しい女は昔っからずっとひとりっきりや」
「私に、言わんでよ、そないなこと……ッ」
緩く握った拳で志摩の肩を叩いた。叩いた拳を志摩が掴んだ。志摩の手が震えていた。私の拳も。
「もうずっと、息が苦しくて出来ん」
「私も」

息が苦しいのは、暑さのせいだけじゃないってわかってる。もて余している、この想いが胸を塞ぐからだって。

捨ててしまえば楽になれる、そう何度も言い聞かせたけれど、捨てることなんてできやしなかった。十数年抱え続けた初恋には、捨てても還る場所などないのだ。だからせめて、大事に抱えていてあげよう。
この想いが、眠りにつけるその時まで。
いつの日か、私が、志摩が、他の誰かの隣で愛を囁けるようになるまで。

うたかた





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