しま←←←←←すぐ

小さい頃から、お気に入りを作らないように心がけてきた。いくらなにかを大事にしても、あの人が「ほしい」と言ったら、俺はそれを譲らなくてはいけないからだ。
今までたくさんのお気に入り予備軍を彼に奪われてきた。お母の作ってくれた弁当の卵焼き、小さい頃お父が誕生日にくれたくまのぬいぐるみ、柔兄の膝の上、金兄のお下がりのブレスレット。どんなに俺がそれを大事にしていても、彼が一言「ほしい」「よこせ」と言えば、それらはすべて彼のものになる。はじめは俺も泣いて嫌がったりもしたけれど、そのうちどうしようもないことなのだと気がついた。それからは、お気に入り予備軍さえ作らない。音楽も、ファッションもまあそれなりにテキトーに。女の子はみんな平等に好き。エロ本は取られる心配がないから、安心して大事にできる。
いつだって広く浅く、それなりに、テキトーに。それが俺。

そうしたら、俺からお気に入りを全部奪った張本人が、
『おまえがほしい』なんて。

真夏の真っ昼間、クーラーがガンガン効いた、寮の部屋。この部屋のもう一人の住人の子猫さんは、奥村くんのところへ遊びに行っていて、しばらくは帰らない。
昼飯をテキトーに終えた俺と坊は、二人で部屋でごろごろしていた。そんなとき、坊が俺に、『好きや、おまえがほしい』だなんて言ってきて。
よほど恥ずかしいのだろう、坊は耳まで真っ赤になって、目はあっちこっちをキョロキョロしている。眉間にはしわがくっきり刻まれ、目尻には涙がうっすら溜まっている。
「嫌やなあ、何の冗談ですか?」
俺は笑った。本当におかしかった。散々俺のお気に入り奪っといて、最後は“俺自身”ときたもんだ。
「暑さで頭やられてしもたんとちゃいますか?」
また目尻に涙が溜まった。あかん、もうすぐ泣く。いつもならここでブレーキをかけてご機嫌とりをするのだけれど、今日はなんだか止まらない。
「そうでなければ坊、煩悩断ちすぎておかしな方向へいってもうた、とか。あきまへんえ、あんまり思いつめちゃ。もっと俺みたいに欲望に忠実になればええですよ」
どんどん坊の眉間のしわが濃くなって、目尻の涙が溢れ出す。
「ちゃう、冗談でもない、頭もおかしない……頭おかしなるくらい考えたけど、おまえが好きで好きでたまらん……っ!」
ふるふると震える俺より大きな身体。下唇を噛み締めて嗚咽をこらえる様は、幼い頃から少しも変わらない。

「……ねぇ、坊。覚えてはります?昔っから俺、坊に色んなもの譲ってきましたよねぇ。お母の卵焼きにくまのぬいぐるみ、柔兄の膝の上や金兄がくれたブレスレット……どれも俺のお気に入りだったんですえ。けどアンタが欲しいていうから、俺はぜんぶぜぇんぶ我慢して、アンタに譲ってきたんです。そんな坊が、今度は俺が欲しいて言う。俺、今までこんなに我慢してきたんです、そんなに俺に好いて欲しいなら、今度は坊の番ですえ?俺に坊のぜんぶをくれるっていうなら、坊のこと愛したります」
猫撫で声で耳元で囁いてやると、坊はこくりと頷いた。
「よしよし、ええ子や。泣かんといて」
袖で涙や鼻水をごしごしと拭ってやると、坊は顔をくしゃくしゃに歪めて「しまぁ……」と抱きついてきた。
「あげる、ぜんぶあげるから、おれのこと好きにしたってええから、おれのこと」
「おん、約束や」

「愛してあげますえ」





03/15
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