※蟒八百前提
藤本が明陀にふらりと現れた


京都の冬は寒い。
藤本は達磨に借りた半纏を纏い、宛がわれた客間で火鉢にあたっていた。禁煙を始めてから一年目、未だに煙草は携帯しているが、手にとってはやめ、手にとってはやめの繰り返しである。今なら子供達は側にいないしいいだろうという思いと、一度許してしまえばまたやめられなくなってしまうという思いとがせめぎ合っている。
「藤本さん」
障子の向こうから声がして、藤本はそちらに目をやった。
「和尚からお茶をお出しせえと言われまして」
聞こえたのは宝生家の当主である蟒の声だった。
「おう」
藤本が返事をすれば、すーっと障子が開き、坊主頭の男が中に入ってきた。きつい蛇眼と刺青とがあいまって、大層強面に見えるこの男だが、見た目とは裏腹に立ち居振舞いは上品である。
彼が盆に載せて持ってきたのは急須と茶碗、それから紙に包まれた菓子がひとつ。恐らくは饅頭か最中だろう。
蟒は茶碗に緑茶を注ぐと、藤本に「どうぞ」と手渡した。
「どうも」藤本はそれを口に含み、すぐさま吹き出した。
「なんだこれ、カラシ…いや、ワサビか!」
軽く咳き込んで目を丸くする藤本を見て、蟒はくつくつと笑った。
「おいテメエ、一体何のつもりだよ」
「お前さんこそどういうつもりですか」
藤本がぎろりと蟒を睨み付けると、蟒も負けじと睨み返した。
「お前さん、うちの本尊と座主様奪うだけでは飽きたらず、私のもんにまで手ェ出しましたやろ」
蟒の言葉に藤本は首を捻った。
「え?お前の奥さんなんて知らねぇよ」
「もし家内やったらそんお茶にはワサビやのうて蛇の毒仕込んどりますわ」
「あ、もしかして志摩か?手ェ出したって、首筋ちょこっと噛んだだけじゃねぇか」
へらへらと笑う藤本に、蟒は口元には笑みを浮かべたまま、こめかみをぴくりと引きつらせた。
「気に食わんもんは食わんのですわ」
「で?緑茶にワサビってか。子供かよ、お前は」
「何とでも言えばええ」
「ったく、お前といい志摩といい、明陀にはメンドクセェ奴が多いのなんのって。達磨は達磨でふらふらしてて中々つかまんねぇし」
藤本は半分程残っていたワサビ入りの緑茶を、鼻を摘まんで飲み干し、茶碗を蟒に手渡した。蟒はそれを受け取り、盆に載せた。
「口直しに饅頭でも」
「いや、俺、アンコ駄目なんだわ」
「ほんなら」
藤本は蟒に袂を掴まれたかと思うと、ぐいと引き寄せられた。
「な……」
そして唇に感じる、すこしかさついた感触。
奪うというよりぬるりと侵入すると表現した方が正しいような、強引で粘着質で、それでいてどこか優しさと甘さを感じる口づけであった。
食えない悪魔とも、お人好しの座主とも、どうやら目の前の男がご執心の志摩家の当主とも違うその口づけに、藤本はしばらくの間身を任せていた。
口内を蹂躙していた舌が出ていき、最後に小さく音を立てて蟒は唇を離した。
藤本は口端を伝った唾液を親指で拭いながら、「攻められるのはあんまり趣味じゃねえんだが」と呟いた。
蟒は答えず、代わりに藤本の首筋に歯を立てた。
「いでっ!」
歯形が残るくらいの強さで噛んだ後、舌先でちろちろと舐める様子は、さながら蛇の様で。
「仕返しや」
そう言ってにやりと笑う蟒の眼を見て藤本は、「ぎらついた眼ェしてんじゃねえよ」と笑い返した。





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