夢を見た。
お父が俺の頭を撫でて、優しく抱き締めてくれる夢を。


俺の父、志摩八百造という人は、頭のてっぺんから爪先まで明陀にどっぷり浸かった人間だ。小さい頃に遊んでもらった記憶はほぼ皆無、褒められたり抱き締められたりした記憶もほとんど無い。坊をかばって額に魔障を受けたときも、逃げる途中で坊が転んで膝を擦りむいたとかで、思い切り張り手を食らわされた。忘れもしない、小2の夏だ。あの時ほどお父が憎かった時はない。くたばれクソ親父、と何度も悪態をつき、わんわん泣いて柔兄を困らせた。
そんなことがあったものだから、俺はお父という人がぶっちゃけ嫌いであった。お父も俺に期待なぞしていないだろう、そう思っていた。優秀だった長男は俺を庇って死んだらしいし、できの悪い末っ子の五男坊だ。お守りをしなきゃいけないはずの坊とはしょっちゅうケンカ、いまいちやる気を見せないだらしない甘えん坊の末っ子、まあお父から見た俺なんてそんなところだろう。

だから、いくら夢と言えど信じられなかったわけだ。
あのお父が俺を抱き締めるなんて。

『あのー………お父?何してんねん』
『見ればわかるやろ』
『いや、何で俺んこと抱き締めてんねん』
『息子を抱き締めるのに理由なんぞいらんわ』
『で、でも、おかしいやろ?なんで俺なんか』
『なんかとは何や!お前は俺の大事な息子やぞ』
お父はぎゅっと俺を抱きしめながら、ぐりぐりと頭を撫でてくる。小さな頃はあんなに大きかったのに、今ではほとんど身長も変わらないということに改めて気がついた。
んー、あ、これ夢か。
おかしいと思った。お父が顔に受けていた魔障がきれいさっぱり消えているし、俺の目の前にはなぜかお父に抱きしめられて困惑する俺自身が写っているから。
『……夢なら、覚めなければええなあ』
たとえ夢の中でも、お父に愛されるなら。
覚めなくても、ええなあ。


何度も名前を呼ばれた気がして、重い瞼をのろのろと開ける。ぼやけた視界には、おんなじ顔が三つ。
黄色いのと、黒いのと、刺青があるの。
「……きんにいと、…じゅうにいと、………おとん?」
「……廉造」
「廉造!?」
「あれ……おれ、なんで…」
「…無茶、しよって……!」
布団から起き上がった俺を、お父が俺を強く抱き締めた。身体中が痛い。けどそんなこと言えなかった。お父に抱き締められるなんて初めてで、どう振る舞えばいいかわからなかった。
「お前、坊をかばって、悪魔にやられたんや」
柔兄が説明してくれた。そういえばそうだったかも。坊がやられると思ったら、こう、身体が動いて、敵うわけないのに飛び出したんだった。
「あー………坊は?」
「無事や。それよりお前は自分の心配せえ、こんど阿呆」
「そや、心配かけよって!お父なんかな、書類に茶ぁこぼすわ、人の話は耳に入らんわで仕事もろくに手につかんで、呆れた蟒さんが『そんなに心配なら息子についとけ』言うて出張所早退してきたんやで」
「余計なこと言うな、金造」
「すんません」

「……頼むから、死なんでくれ」
しばらくして、お父が低く小さく、それでいて力強く呟いた。
「俺はもう、息子の死に顔なんぞ見たくないんや」

俺ははっとした。
お父の中で、俺と矛兄は同列だったのだ。俺が死んだらお父は、矛兄の時と同じくらい悲しいということだ。
俺と矛兄の命の重さが、お父にとっては同じということだ。
俺は涙が出そうになった。

「守るんと身代わりで死ぬんは違う」
「はい」
「自分を大切に出来ん奴が、周りの人間を守るなんて出来ひん」
「はい」
「俺より先に死ぬなんてそんな親不孝許さへんぞ」
「………はい」



愛されていないと思っている息子と愛し方が下手くそでうまく伝わらない父





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