(寒い)
俺は冷たくなった指先に息を吹き掛け、擦り合わせた後にポケットに手を突っ込んだ。確かお母が送ってきた詰め合わせの段ボールの中に手袋があった。ものっすごくダサかったから使わないけど。
「志摩、ポケットに手ぇ突っ込んだまま歩くの危ないぞ」
一歩先を歩いていた奥村くんが振り返り、俺を見ると顔をしかめて言った。
「転んだときに手ぇつけねぇじゃん。顔面打っても知らねぇぞ」
「いややわぁ、そんなヘマせぇへんよ」
俺はへらっと笑う。
「いや、マジでさ、俺、親父のマネしてポケットに手突っ込んで歩いてたらさ、転んで鼻血出したんだよな」
「えぇ?奥村くんたらドジやなあ」
「勘違いすんなよ、小学生の時だから」
懐かしいなあ、と奥村くんは呟いた。一歩先を歩く彼の顔は見えない。奥村くんの巻いた赤いマフラーが風にはためく。
奥村くんの話にはたまに『親父』さんが出てくる。前に一度聞いたのだが、奥村くんと若先生は修道院の神父に養子として引き取られていたらしい。で、その養父は元聖騎士の藤本獅郎という人だとか。名前だけは聞いたことがある。お父が酔ったとき、たまに彼の名前を呼んでいた。京都出張所の所長だから、聖騎士ともつながりがあったんだろう。多分。
奥村くんは親父さんの話をするとき、目を細めてとても穏やかな顔をする。親父さんのことがとても好きなのだろう。俺はお父を素直に好きだとは言えないから、少し羨ましくもある。
「奥村くん」
「何だ?」
呼び掛けると奥村くんは振り返った。俺は一歩進んで彼の隣に並ぶ。できるだけ平静を装って、さりげなく、聞いてみる。
「親父さんのこと、好き?」
奥村くんは一瞬だけ目を見開いて、それから照れたような顔になって、「好きだよ」とぶっきらぼうに言った。
「志摩はどうなんだよ」
「俺?俺は微妙やなあ。うちのお父ものっすごく厳しいねん。例えるならナミヘイとかオオハラ部長みたいな感じやな」
「オオハラ部長って誰だよ」
「えっ、奥村くんこ●亀知らんの」
「知らねぇ」
「まあ、ナミヘイと似たようなもんや」
「そうなのか」
「いっつもガミガミうるさいし、忙しい人やから、あんまり構ってもらった記憶もないねん。柔兄がお父代わりみたいなもんやったわ」
思い出してみれば、お父との思い出は少ない。誕生日のケーキはいつも、始めにお父の分を切り分けてから食べた。うちは兄弟が多いから、プレゼントはなかった。年中無休の祓魔師、しかも所長だ。休みの日にどこかへ連れてってもらったことなど一度もない。キャッチボールもない。サンタの変装をしてクリスマスプレゼントを持ってきたことだって、一度も。
もしかしたら会話よりお説教の方が多いんじゃないか。小言を言われて、怒鳴られて、どつかれて。勉強だ、明陀だ、志摩だ、坊だ。
「……奥村くんが、羨ましいわ。ええ親父さんで」
何も考えずに発した一言だった。奥村くんの返事が無かったから、地雷を踏んだかもしれないことに気づき、途端に冷や汗が背中を流れた。
しばらく沈黙したまま歩く。奥村くんが口を開いた。
「………あのさ、お前ん家は確かに大変そうだ。でもな、俺はやっぱり、親父さんが生きてるお前が羨ましいよ」
俺はさ、最後に親父に酷いこと言っちまって、それっきりだからさ。
泣き出しそうな顔で笑った奥村くんに胸がきゅうっと締め付けられて、堪忍な、と小さく呟いた。

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着地点を見失った……
二人の父さんの話。
八百造は藤本が父親として奥村兄弟にめちゃくちゃ尊敬されてるって知ってるんだろうか。知ったら驚くだろうな。
廉造は八百造が好きだけどちょっと苦手。多分。




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