※SQ12月号若干ネタバレ




















毎週日曜の朝、柔兄は矛兄に会いに行く。
朝飯の前に、庭の花を何本か手折り、桶に水を汲んで、志摩家の墓へと向かう。墓石に水をかけてやり、じいさんが好きだったらしい日本酒も一緒にかける。前の週の花を除き、水を変えて新しい花を差す。線香をあげて、手を合わせる。
それらを一通り済ませると、柔兄は矛兄に話しかけ始めるのだ。
「……じいさん、矛兄、おはようさん。そろそろ肌寒うなってきたな。こっちは皆変わらんよ。今日も元気や。………」
大抵は、世間話や家族のこと、明陀の話を。
そして、時々。
「……なあ、矛兄。……俺は、しっかり『矛兄の代わり』になれとるやろか」
俺には絶対に漏らさない、弱音を吐くのだ。

柔兄は知っている。
矛兄が良くできた優秀な長男だったこと。
今でも『矛造さんが生きとったら……』なんて阿呆なことを抜かす屑野郎がいること。

矛兄が死んだのは、俺が五つ、柔兄が十の時だった。
青い夜で大量の犠牲者を出し、檀家が減り、明陀は一時期マジでヤバかったらしい。俺はまだ小さかったから良く分からなかったけど、矛兄が死んでから、大人の柔兄を見る目が物凄く厳しくなった。何しろこれから明陀を支えていかなければならない有望な若者が、僧正家筆頭の志摩家の長男が死んだのだ。柔兄は十にして今まで矛兄が背負っていたものを全部負うことになった。
矛兄が死んでから一ヶ月くらいたった夜のことだった。柔兄と一緒に風呂に入ったあと、柔兄はお父に呼ばれた。俺はその後柔兄とテレビを見るつもりだったので、お父に柔兄を取られて少し不満だった。すねていた俺にお母がこっそりプリンをくれた。
一時間くらいして柔兄はお父の部屋から出て、子供部屋にやって来た。俺は寒かったので、布団に潜り込んでいた。
「柔兄、お父のお話終わったん?」
布団から顔を出して尋ねる。柔兄は難しい顔をしていたが、はっとしたような顔をした後に薄く笑って見せた。
「ん…ああ、終わったで。堪忍な、テレビ見る約束しとったんに」
「ううん、ええよ」
「そか。………なあ、金造。布団入ってもええ?」
「ええよ」
俺はもそもそと端に寄り、柔兄の入れるスペースを作った。柔兄と寝るのは好きだった。寒い季節は特にだ。柔兄の身体はいつもあたたかいから。
でも、その日、柔兄は冷たかった。
「あれ、柔兄、今日は冷たい」
「……あ、堪忍な」
柔兄はまた薄く笑った。どこか苦しそうなその笑みに、幼いながらも俺は違和感を覚えたらしく、柔兄の頭を撫でた。
「柔兄、どっかいたいん?苦しそうな顔、してはるよ」
いたいとこ教えてくれたら、俺がいたいのいたいのとんでけー、てしたるよ。
そう言ってにっ、と笑ったら、柔兄は顔をくしゃくしゃにして、目から涙をこぼしたのだ。

思えばあれが、柔兄が泣いているのを見た最初で最後の瞬間だった。

「あんな、矛兄がいなくなってしもうたから、これからは兄ちゃんががんばらなあかんねん。お父みたいになれるように、がんばらなあかんねんて」
矛兄の代わりになれるように、がんばらなあかんねん。
がんばらな、がんばらな、と柔兄はうわ言のように呟いた。俺はどうしたらいいか分からずに、ぎゅっと柔兄を抱き締めた。

そのまま眠ってしまったらしく、朝起きたら柔兄の姿はなかった。その日から柔兄は週に一度の墓参りをするようになった。柔兄の眉間には、深いしわが刻まれるようになった。
それからの柔兄はすごかった。学校のテストではいつも百点で、正十字の入学試験も首席合格、祓魔師になってからもどんどん昇級して、今では隊長も務めている。兄ちゃんとしての役目も、坊や子猫丸の世話もきっちりこなす、俺の自慢の兄ちゃん。
でもたまに、あの夜みたいな苦しそうな顔をする。俺は柔兄に「苦しいん?」って尋ねるけど、柔兄は「何がや?」って笑って返す。決して弱音は吐かない。吐くのは墓の前でだけ。
矛兄の、前でだけ。

十五分くらい墓の前で話をした後、柔兄は桶を持って家へと帰っていく。一部始終を物陰から見つめていた俺は、柔兄が帰ったのを確認すると、墓の前に立った。
「一言言うとくけどなあ、矛兄、柔兄を苦しめとんのはあんたやで。俺にはそれが許せへん」
でも、何故死んだ、とは言えない。
だって、この人が守ったのは、可愛い可愛い末の弟だから。
「あー、ヤヤコシイな!」

死人に文句を言っても何も解決しない、だから。
「なあー柔兄、一言言わせてもらうけど」
「何や」
「あんな、ナンバーワンやなくても柔兄はもともと特別なオンリーワンやて忘れたらあかんで」
「……何やそれ、ス●ップか」
「せや、俺スマ●プ好きやねん」
「ははは、何なんやいきなり……」
首筋に顔を埋めた柔兄が泣いていたことには、気づかない振りをした。




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