週末、勝呂は志摩と映画を見に行く約束をしていた。何を着ていこうか迷っているうちに、もうすぐ約束の時間。デニムのショートパンツを穿き、合いそうなトップスを適当に選んだ。
(……スカート、欲しいな)
勝呂は店で服を買おうとする時、いつもスカートを手に取りかけてはやめる。鏡の前で当ててみたりもするが、やっぱり違う、そう思ってやめる。
(……だって、ウチが穿いても、ふわふわせえへんし)
勝呂は自身のつり目と引き締まった身体があまり好きではなかった。女将の血をしっかりと受け継いだ顔は決して不細工ではないのだが、よく言えば凛々しく、悪く言えば怖い顔である。胸はあまり大きくないし、ジョギングやら筋トレやらで鍛えられた身体には余計な脂肪はついておらず、女性らしい丸みが少々足りないのもまた事実。
(かわええ女の子は、ええなあ)
長い髪に緩くパーマをかけてみたい。花柄のシフォンのワンピースを着てみたい。フリルのついたブラウスを着てみたい。華奢な赤いハイヒールを履いてみたい。
ふわふわのスカートを、穿いてみたい。
(せやけど、ウチには似合わへん)
その時、チャイムの鳴る音がした。
「お嬢ー、来ましたえー」
玄関の引き戸を開ける音に続いて、志摩の声が聞こえる。
「おん、今行くー」勝呂は玄関に向かって叫んだあと、バッグに携帯と財布を突っ込んで部屋を出た。

「なあなあお嬢、見て見て!」
志摩の穿くふんわりとしたミニスカートをみて、勝呂の胸がちくんと痛んだ。
「へへっ、結局買ってしまいましたわ」
志摩はそんな勝呂の痛みには気付かず、嬉しそうにくるくる回ったり、裾をつまんだりしてみせる。
「こないだの雑誌に載っとったやつか、それ」
「そうですえー、仲山さんが穿いとった」
「誰や、仲山さんて」
「モデルさんやわ」
この間二人でファッション誌を立ち読みしたときだ。志摩はこのスカートを見つけて、欲しい欲しいとずっと言っていた。しかし一万円のスカートは、とても中学生の手が届く代物ではなく、『買えへんから眺めるだけ』とその雑誌を買って帰った。
「せやけど一万やろ?おこづかい何ヵ月分になるん」
勝呂は怪訝そうに尋ねる。兄弟の多い志摩家だ、記憶が正しければ彼女の小遣いは月に二千円だったはずだった。しかし彼女は貯金をするタイプではない。月末には小銭しか財布に残らないのだ。先日だって子猫丸と三人でマクドナルドへ行ったのだが、志摩は『ナゲットが食べたいけど、全財産百円しかあらへん』と、泣く泣くアップルパイを注文していたくらいだ。
「へへ、実はね、柔兄が買うてくれたんです」
おかんには内緒ですえ、怒られてまうから。と志摩は唇に人差し指を当てて笑った。
「ウチ、どうしても諦められんで、ずーっと欲しい欲しい言うてたんです。そしたら柔兄が『兄ちゃんが内緒で買うたるわ』て。昨日買いに行ったんですわ」
「そう、なんか……」
“柔兄”という名前を聞いた途端に、心臓がどくりと跳ねた。動揺しているのを悟られないように、勝呂は必死に笑顔を作った。
「ええなあ、スカート。ウチは似合わんから、いつもショーパンばっか買うてまう」
「嘘!お嬢はかわええんやから、スカートだってきっと似合いますえ?」
「あかんわ、そない女らしいの似合わんわ。ええなあ、志摩は女の子らしゅうて」
「…………」
「ウチは志摩みたいになりたいわ」
「……お嬢」
「……なんてな!ほら、映画始まってまうわ。はよ行こ」
「あっ、はい!」

歩きながら、たわいもない話をして、二人は映画館へと向かう。勝呂はこっそり拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込んで鈍く痛んだ。
(……柔造が志摩に買うた、ふわふわのスカート)
羨ましい。羨ましい。羨ましい。
(ウチは志摩になりたい)
大きくてとろんとした目。大きな胸。柔らかい身体。ふわふわの髪。かわいい服。かわいい靴。
かわいいスカート。
柔造が買ってくれた、ふわふわの。
志摩は、全部持っているのだ。
(志摩みたいに、生まれたかったわ)
どうしてこんな風に産んだのかと、少しだけ、両親を恨む。
そんな醜い自分に嫌気が差した。

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柔←♀勝にしたかったのですが柔兄空気ですね。





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