これの続き



今日、私は結婚する。


「わああ姉様、綺麗や…!」
「さすが私らの姉様や!」
結婚式当日。
白無垢に身を包み、化粧を施された蝮を見て、妹たちは大興奮である。
「な、何なん、青も錦も褒めすぎやわ」
「いや、本当によう似合っとるわ、綺麗になったなあ、蝮」
振り返れば、蟒が目を細めて微笑みながら蝮を見つめている。
「て、父様……!」
「青と錦は母様の手伝いをしたってや、人手が足りひん言うて困っとったで」
「「はい!」」
二人の妹たちは部屋を出て駆けていった。
「………堪忍な、蝮」
「何がです?」
「柔造のことや」
「………父様、それは」
「…うちに男子が生まれなかったせいでお前に宝生を背負わせてしもて、本当はお前は」
「それ以上は言わんどいてください」
父の言葉を蝮は遮る。続きは聞きたくなかった。聞かなくてもわかっていた。
「気持ちが揺らいでしまう」
「………蝮」
「志摩のことは好いとったけど、叶わへんことやってずっとわかってましたし、旦那はんは私を大事にしてくれる、ええお方や。今更後悔も不満もあらしまへん」
少し寂しげに微笑む娘を見て、蟒の胸はぎゅっと締め付けられる。
いつの間にこの子はこんな顔をするようになったのだろうか。
痛みをこらえるような悲痛な笑顔を。


彼女は昔から、柔造を好いていた。一つ歳上の幼馴染みである、志摩の後取りを。
中学生にもなれば、それは叶わない恋だと分かるようになった。だって、自分は宝生の嫡子。志摩家の長男も青い夜で亡くなり、次男の柔造が次の後取りだ。どう考えても、結ばれることなんて出来やしないのだ。

だから、蝮は蓋をした。
蓋をして、見ないふりをした。
そうしてもし、自分のことを好きだといってくれる男が現れたら、その男と結婚すると心に決めた。
志摩以外の男と、結婚すると決めた。

(………あれ、志摩の奴、来とらんやないの)
もうすぐ式が始まると言うのに、会場のどこを見渡しても幼馴染みの姿はなかった。蝮は落胆すると共に、少しだけ安堵した。
今、彼の顔を見たら、やっぱり気持ちが揺らいでしまう気がしたから。
そんなことがあっては、今隣に些か緊張した面持ちで座っている、自分を好きだと言ってくれたこの男や、自分の結婚を祝福してくれた皆を裏切ってしまう。
(……私は、決めたんや。志摩のことは忘れるて)
そして、宝生を、明陀を支えていくと。そう決めたのだから。
(……ええやん、今生の別れやあるまいし。志摩とはいつでも会える)
でも、これから先、彼の隣で微笑むのは、
(私やない)
それを考えると、胸が苦しくて。
(志摩)
やっぱり、私は、
(志摩)
彼のことが。
「待ちや!!」
それは唐突の出来事だった。
障子がピシャリと開いて、息を切らした男がずんずんと新郎新婦へと歩み寄ってくる。
そうして新郎の胸ぐらを掴んで
「こいつは俺んや。お前にはやらん」
そう言い放ち、呆然としている新婦を抱きかかえて、走って会場を逃げ出したのだ。
式場は騒然となった。
「じ、柔造さん何しとんのや…!」
わたわたと慌てる子猫丸に対し、
「グッジョブ柔兄…!」
「グッジョブ…!」
金造と廉造は親指を突き立て、
「あれでこそ柔造や」
勝呂も腕を組んで満足そうに頷いた。

「なっ……なっ…」
余りに予想外でとっさの出来事である。蝮は驚いて言葉にならなかった。
「黙っときや」
彼女を式場から強奪した張本人――柔造はそれだけ呟き、後は黙って彼女を抱えて走り続けた。

式を執り行っていた宝生家と志摩家はそう遠くない。しかし、大人一人抱えて全力疾走はさすがに辛かったらしく、蝮を下ろすと柔造は直ぐに縁側に横たわった。
「はあ……し、死ぬ………」
「な、なにやっとんの、あんた」
「おん?」
「私、結婚すんのやで、あの人と」
「それは俺が許さん」
「何で」
「お前は俺のもんやからや」
「……いつ私があんたのもんになったんや」
「今、さっき」
「アホちゃうか」
「やって、今までずっと見ないふりしとったけど、やっぱり耐えられんかったんや。お前がこの先、俺以外の奴の側でにこにこ微笑んどるのを想像したら、いてもたってもいられんくて」
「………………」
「………………」
「………し、ま、あんたそれ」
「……あー、俺25やのに、青臭いなあ……恥ずかしいわ」
ぽりぽりと頭をかきながら恥ずかしそうに目をそらす誘拐犯を見たら、むねがきゅっと締め付けられて。
「なあ、蝮、俺の嫁さんになってや」


断れるわけがないやんか。








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