むかしから、坊はストレスを溜めやすい子だった。座主血統で、周りからの重圧も相当なのだと思う。志摩や宝生なんかの僧正家はそれこそ勝呂家に血肉を捧げる勢いで大切に大切にしているけれど、明陀だって一枚岩ではない、和尚や、坊や、そんな僧正家の陰口を叩く奴だっているのだ。

坊は時たまそんな諸々のストレスに耐えられなくなった。でも、僕や志摩さんの前では絶対に泣かなかった。弱音さえ吐かなかった。ただ、たまに僕たちの前からふらっと姿を消すときがあった。そんな時は決まって、柔造さんのところにいる。彼にだっこされて、広い胸に顔を埋めて、僕たちには決して見せない涙を流す。

中学に上がって一度、坊の左の手の甲に真っ赤な花弁みたいな痣がいくつも散ったことがあった。
僕も志摩さんもはじめぎょっとして、そのことに触れられないでいた。でも、柔造さんが飛んできて、坊を自分の部屋へ引っ張っていって。僕たちは柔造さんの部屋の隣の隣の志摩さんの部屋で坊が出てくるのを待った。三時間位して坊が出てきた。左手には包帯を巻いていた。目が少し赤くて、涙のあとが頬っぺたに残っていた。志摩さんは坊、大丈夫ですか、堪忍な、廉造がふがいないせいで、と坊にすがって泣いた。坊の顔を見て、堰が切れたようだった。もう中学生だってのに、わんわんと大声で泣きわめく。ちゃう、お前のせいやない、志摩、泣かんといてや、俺の方こそ、堪忍な。坊も震える志摩さんの肩にそっと手を添えて、静かに涙を流した。柔造さんはそれを襖の向こうから神妙な顔で見ていた。僕はただ突っ立っているだけだった。

後から聞くと、あの手の甲の痣は噛み跡だったのだそうだ。ストレスで噛んでしまうらしかった。痣は消えた頃にまた出来たりして、次第に坊の身体に増えていった。けれど痣は、しばらくすると柔造さんの腕に移った。柔造さんは怖いくらいに落ち着いていた。坊のために絶対に揺るがないと決めたのだろう。

正十字に入ってから、坊はますますストレスを溜めがちになり、偏頭痛も酷くなって、また左の手の甲に痣が散り始めた。僕はまた躊躇したけれど、志摩さんは早かった。

朝起きると、坊はすでにジョギングに出ていて、志摩さんが何故か坊のベッドで寝ていた。志摩さんの左腕を見て僕は息を飲んだ。
あの痣が、彼の左手に散っていた。
あ、子猫さん、おはよう。志摩さんが目を覚ましてへらっと笑った。そして視線に気づいたのか、奥村くんたちには話したらあきませんえ、と鋭い視線で僕を見た。


小さい頃からずっと、柔造さんに憧れていた。柔造さんのようになりたかった。なって、坊を、明陀を支える、立派な男になりたかった。けれど、臆病な僕はいつも、肝心なところでしり込みしてしまう。
志摩さんは違った。彼もまた柔造さんに憧れていたけれど、彼はいつの間にか。
力も勇気もない僕に、坊を救えるわけがない。




きつく閉じた目の裏に、あの赤がこびりついて離れない。

どんなにほしくても、あの痣が僕の腕に散ることは、決してないのだ。




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うっすらハチクロパロ




09/25
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