もう、いやや。
月のきれいな晩に、顔を俺の肩に埋めて、ちいさく坊が呟いたから。
朝早く、子猫さんが起きないようにそっと、財布と携帯だけ持って、坊を外へと連れ出した。

始発の鈍行に乗り込んで、行けるところまで行こうと思った。坊が、何も考えずにいられるところまで。


鈍行の終点は名前も知らない駅だった。どうやら海辺の町らしく、潮のにおいがした。
「……俺ら何してん」
坊が呟いた。
「ガッコさぼってこんなとこまで来て」
「ええやないですか、たまには息抜きしたって。ほら坊、ケータイ貸してください」
手渡された携帯を、自分のものと一緒に駅のコインロッカーに放り込んだ。
「……何してん」
「ほら、余計なことは考えんで済むようにですわ」
へらっと笑うと、坊は難しい顔をして、「お前って、なんも考えとらんように見えるけど、そんなことあらへんのやな」と言った。

コンビニで朝飯兼昼飯を買って、俺たちは人気のない浜へ行った。海は奥村くんと出雲ちゃんと一緒に任務で来て以来だ。坊は今年はじめてじゃないだろうか。太平洋は磯臭くないから気持ちいい。多少ゴミは落ちているものの、水も綺麗だ。
俺たちは砂浜へ腰掛け、海をぼんやり見ながら黙っておにぎりを頬張った。
「……堪忍な、志摩」
沈黙を破ったのは坊の方だった。
「俺のわがままでこんなとこまで連れてこさせてしもて」
「ええですて。坊と違おて俺は不真面目さんやからなあ、ガッコさぼるくらいどってことあらしまへん」
「何言うとるんや。お前がそんなんやったら、俺が八百造に申し訳がたたん」
「いーえ、おとんは怒りませんよ?志摩は勝呂のもんですからね」
坊は目を丸くした。
「志摩は勝呂のもんです」
俺はもう一度、坊に言い聞かせるように言った。
「だから坊は俺のこと、好き勝手してもらってええんです。坊についてくのが俺のお役目やから」

昔から、坊が弱いとこを見せるのは柔兄だけだった。俺や子猫さんには絶対に見せようとしなかった。
坊を抱いて背中をさする柔兄を、柔兄の着物の裾を握り締めて嗚咽を飲み込んで静かに泣く坊を、俺はいつもただ影から見ていることしかできなかった。
でも、今は違う。坊の側にはもう柔兄はいない。俺の身体も坊ほどではないけど大きくなって、ぎゅっと抱きしめて背中をさすることくらいは、できるのだ。


「…………あんな、時々、どうしようもなく、辛くなるんや」
しばらくして、坊が呟いた。
座主とか、僧正とか、明陀とか、時々重くて仕方なくなるんよ。背負うって決めたんは俺やのに。
「逃げ出してしまいとうなる。全部放っぽり出して、明陀の座主血統でも何でもない、ただの勝呂竜士になりたくなる」
そんな弱い自分が、たまらなく嫌いや。
「なあ志摩、呆れたりせえへん?嫌いになったりせえへん?お前の事振り回して、人生もらってしもてるいうんにこんなこと言ったりして、憎んだり……っ」
「この阿呆が……っ!」
隣に座る坊の身体を強く引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「憎んだりするわけないやろ。言ったやないですか、志摩は勝呂のもんやて。廉造は、坊のもんなんどすえ。振り回してくれて、ええんやよ?それに何より、坊に必要とされるのが、俺は嬉しくて仕方ないんです」
だから、俺の前では嘘つかんでください。
そう告げたら、「阿呆はお前や」と消えそうな声で呟き、俺の背中に腕を回して、坊は嗚咽を漏らさないように、静かに泣いた。俺は、自分より一回り大きいその人の背中をさすった。いつもは頼もしい大きな背中が、今日は小さくか弱く見えて、ああ、こん人も年相応や、と少し安心した。
夕方になって、俺たちは正十字へと帰るべくまたあの鈍行に乗り込んだ。
携帯を開いたら着信なんと137件。子猫さん、奥村くん、柔兄、金兄、おとんや蝮姉さんまで。坊もおんなじだったらしく、「……怒られるな」と顔を青くしていた。
「せやなあ。子猫さん、今夜は寝かせてくれへんかも」
「あかん。帰りたないな」
「おん……」



(スパイダー)






09/11
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