サンジの場合


珍しく昼食の後の一時を女部屋にて過ごしているわたし達。ある理由でずっとそわそわと落ち着かないでいるとナミに鬱陶しいと怒られた。ロビンはその横でふふと優しげに笑う。どうしようどうしよう。鏡を覗き込むと映る見慣れた自分の顔に問いかけた。しかし当然鏡の向こうにいる自分も同じように情けなく眉毛を下げているだけ。頼りにならない奴だ。


「ああぁぁあっもうっ!」
「な、何よ急に!?びっくりするじゃない!」
「ナミ、ロビン、私戦ってくる!」
「はぁ…やっと決心ついたのね」
「ふふふ、頑張って」
「ありがとう!」


行ってきます、と二人に手を上げ用意していた箱を持って女部屋を出た。眩しい太陽に目を細めながら戦場もといサンジがいるであろうキッチンを目指す。そしてキッチンのドアの前、深呼吸をしてドアの取っ手に手をかけ…………ようとしたら扉が開いて頭を強打した。


「い゛…っ!」
「え!?あ、ナナちゃん!!?」


驚いたサンジの口から火をつけようとしていたタバコが落ちる。ごめん大丈夫かい、とオロオロするサンジに片手を上げ大丈夫だと無言の意思表示。出端をくじかれるとはこういうことだろうか。サンジに手を引かれて中の椅子へと座らされ、冷たいタオルを渡された。そんなに大袈裟なことではないのだけれど、万が一たんこぶなんか出来ようものなら俺はもう生きていけないと言われたので大人しく受け取ることにした。それにしても自分カッコ悪すぎる。先程の意気込みはどこに行ったのやら、すっかり戦意を喪失してしまった私の口からはもはや溜め息しか出ない。


「痛むのかい?」
「ううん、大丈夫」


慌てて笑顔を返してみたけれど、サンジはやっぱりしょんぼりしているようで眉を下げて本当にごめんと呟いた。そんな姿を見ていると今度は私が申し訳ない気持ちになってきて、何とか場の空気を変えようと話題を探す。


「そ、そうだ、今日って何の日だか知ってる?」
「バレンタインデー、だろ?」
「あったりー!」
「今日のおやつはチョコをたっぷり使ったケーキだよ」
「わぁ、やっぱりこの匂いチョコだったんだぁ…楽しみ」


キッチンに入った時から室内にはふんわりと甘い匂いが立ち込めていた。本来なら貰う側なのにねと笑えば、サンジはようやく表情を和らげた。


「バレンタインデーは男がレディに花を贈る日っていう説もあるんだぜ」
「え、そうなの?知らなかった…」
「ナナちゃんは誰かにチョコ渡すのかい?」


…、…。
渡そうと思ってたいた本人からの質問に数秒思考が止まった。


「えと、まぁチョコじゃないんだけど…渡すつもり」
「誰に、なんて質問は野暮かな?」


椅子に座るわたしの前にしゃがみ込んで顔を見上げてくる瞳にざわざわと胸が騒ぎだす。


「―――じゃあ、ヒントあげるから当ててみて?」
「わかった」


小さく息を吸って口を開く。
少し唇が震えた。


「当然この船のクルーで、強くて、かっこよくて、口は悪いけど優しくて、」
「うんうん」
「金髪で、変わった形の眉をしてて、料理が大好きで夢みたいに美味しいご飯を作ってくれるの。それで―――」
「…それ、で………?」
「――今、わたしの目の前でしゃがんでわたしを見てる…」


普段よりも大きく丸く開かれた目には意外にもしっかりした視線をサンジに向ける自分が映っていた。

「………お、れ…?」
「正解」


はい、と用意していた箱を渡す。中身はこの日のために1日かけて選んだネクタイ。


「サンジがすき、で――…っ」


す、と言い切る前に視界が暗くなる。少し苦いタバコの匂いと甘いチョコレートの匂い。立ち上がっサンジに抱きすくめられていた。


「…さ、サンジ?」
「よかったー……」
「え、なにが…」
「他のヤツじゃなくて、」



Happy Valentine!
(ずっと前から君が好きだった)