不知火ゲンマの場合


「ただいま」
「おかえり」


ガサガサとビニールが擦れ合う音に今年も大量だとほくそ笑む(ゲンマがもらったチョコの大半は私の腹に収まるのだ)。案の定大きな紙袋と共にリビングのドアを開けて入ってきたゲンマは少々お疲れ気味のようだ。それもそうだろう。紙袋から溢れそうな程のチョコと同人数の女の子を相手にしてきたのだから。


「相変わらず大量ねぇ」
「ん?あぁ、妬いた?」
「全然」
「……そうかよ」


こんなことでいちいち妬いていたらゲンマの彼女なんかやってられない。テーブルの上に無造作に置かれた紙袋。でろんとだらしなくソファの背もたれに体を預け目を閉じるゲンマ。おつかれ、と声をかけたが返事は無かった。目の前に溢れるチョコ達を一刻も早く口へ運んでやりたかったが貰った本人より先に手をつけるわけにはいかない。


「ゲンマ、チョコ食べないの?」
「今いらねぇ」
「えぇー……」
「…食いてぇの?」
「うん」


片目を少しだけ開いて送られる視線に不覚にもどきりとしてしまった。本当に何をしても無駄にかっこいいのだ、この男は。仕方ねぇな。そう言ってだるそうに体を起こすとわたしの肩に凭れつつ適当なものを引っ張りだして封を開けた。ゲンマが一つ、チョコを口に放り込む。それから残りをわたしに差し出した。お礼を言ってそれを受け取り、包みをじっと眺めてみる。これは手作りなんだろうか。


「ねぇ、これ本命?」
「俺は本命は受け取らねぇ」
「あ、そ…」
「お前から以外は、な」
「………え?」


クオリティ高いなーなんて他人事のようにぼんやり包みの中を見ていたせいで、ゲンマの言葉に間抜けな声が出てしまった。 何ていうか…大変申し訳ないんだけど今年も大量だと思ったので、嘘でも何でもなくわたしからのは用意していない。


「えと…ごめん、無い」
「最初から期待してねぇよ」
「うわぁー」
「つうか、ンなもん必要ない」


イベントで確認するまでもなくお前は俺が好きで、俺もお前を愛してる。それで十分だろ?再びソファに深く寄りかかりながらそう笑う彼にわたしはただただ頬の熱を上げるしか出来なかった。そんなことをさらりと言ってのけるなんて、一体この人の脳と心臓は何で出来ているのか。


「……きざ」
「どーも」


そう返すのがやっとなわたしとは対照的にゲンマは涼しい顔でこっちを見ている。そのままじっと顔を見つめていたら彼はフッと笑ってわたしに手を伸ばす。


「来いよ」


低い声で誘われればキュッと胸の奥が締まった気がした。その仕草はすごく様になっていて数多のくのいちが彼に憧れるのもとてもよくわかる。もちろんいいところは見た目や仕草だけではないのだけれど。そこまで考えてふと思う。何だわたし、ゲンマにベタ惚れじゃないか。向こうもわたしを好きでいてくれることはわかっている。でもそれ以上にわたしの方がもっと彼を好きで、いつもドキドキさせられるのもわたしの方だ。そう思うと何だか悔しくて胸に飛び込むと見せかけて体当たりをかましてやった。



Happy Valentine!


なのにそれさえ何とも無しに受け止められて、すっぽりとゲンマの腕に収まる。


「〜〜っくやしい!」
「何がだよ」
「こっちの話!」
「?」