「ねぇ、あの子ってだあれ?」


 ―ぴしっ。

 朝食後のがらんとした食堂で空気が凍りつく音が確かに聞こえた。錆び付いたロボットのようにギギギと首を回せばにっこり笑顔を張り付けたナナの顔がすぐ目の前にあった。笑顔であるはずの彼女の顔が何故だか般若と被る。だらだらと冷たい汗がとまらなかった。


* * *


「おいマルコ、昨日のかわいこちゃんとは結局どうなったんだよ」

「どうって?」

「おいおいとぼけんじゃねェよ。あの子絶対ェお前に気があっただろ!」

「あ、ばかっ!でけェ声出すなよい!」

「あ、わり…ナナにバレたらコトだもんな!はははっ!」

「わたしが何だって?」

「「!!!」」




* * *



「ねぇマルコ、答えられないの?」

「いや、その…」


 サッチが気に入って声を掛けた子の連れで、艶があって黒くて真っ直ぐな髪が印象的な可愛い子だよい。とは口が裂けても言えるわけなくて、ましてやその子はおれのこと気に入ったみてェでしかも見かけによらずぐいぐい系でさりげなく胸を押し付けてきたりとか…いや、別におれはそんなんでクラクラしたりはしてねェよい。ただ少しその柔らかさには驚いたってだけで……


「顔弛んでるけど?」

「!」

「な、なァナナ…マルコはよ、おれのナンパに付き合ってくれただけでだな、その…」


 サッチナイスフォロー!やっぱ持つべきものは親友だねぃ。お前のリーゼント今日は一段とキマってるよい!


「ほんのちょぉーっとだけ黒髪美人の巨乳に「おい!サッチ!」


 テメェ前言撤回だこの色ボケリーゼント!いらんこと言ってんじゃねェよい!シバくぞコルァ!と視線で訴えてみればサッチは「いけね」と慌てて両手で口を覆った。


「黒髪美人の、巨乳…?」

「あ、いやナナ程でもなかったかな…」


 ばかサッチ。あぁ…ほら、ナナの顔から表情が消えちまったよい。こりゃァまずい、相当キレてる。もう何を言っても無駄だこうなったら逃げるしかない。サッチに逃げるぞ、と目で合図して即行動に出た。

 一目散に食堂を飛び出してすぐ違和感に気づく。サッチの足音が聞こえない。まさか!そう思い振り返った瞬間、食堂のドアがけたたましい音とともに大破した。吹っ飛ぶドアや壁の破片に混じってボロボロのサッチが一緒に海へ落ちていくのが見えた。


「………!」


 続いてゆらりと食堂から現れた影に息を飲む。今はサッチの犠牲を嘆いている場合じゃない。次はおれの番だ。再びその場を走り出せば今度は後ろから物凄い速さで足音が追いかけてくる。もちろんおれも全速力で走って逃げる。捕まったら命が危ない。そんなおれを見た仲間達は「敵襲か!?」等と尋ねてくるがそれにいちいち答えている余裕はない。

 走り続けて船の最後尾が見えてきた。しめた、あそこから飛んでしまえばもうこっちのもんだ。そう思い久しぶりの全力疾走で(原因はそれだけじゃないだろうが)今にも破裂しそうな心臓を励まし、ひたすら足を動かす。

 と、そこで突然横からふらりとエースが現れた。


「よ、マルコどうし―」

「エースそこをどけ!」

「は?」

「いいからどけよいッ!」


 ただ事じゃないと悟ったのか少し困惑しながら道を空けるエース。しかし、


「エース、マルコ逃がしたらただじゃおかない」

「!?」


 いつもより幾分低いナナの声にエースの肩がびくりと跳ねた。空けかけた道に再びエースが立ちはだかる。


「エース!おれの邪魔しやがったらぶん殴る!」

「い゛ぃ!?」


 しかしおれだって必死だ。命がかかってる。精一杯睨みをきかせてそう怒鳴ればエースは後ずさった。そうだ、それでいいんだよい。やっと船尾の冊に手が届き、勢いに任せて足を掛ける。よし、逃げ切った!


「エ―ス」


 もはや地を這うようなその声にいつものナナの面影は感じられなかった。だが、悪いなエース!おれは自分が――ガシッ。


「え?」

「わりぃ、マルコ!」


 わ、待て待て待て待て待て、待てよい!こんな状態で足首なんか掴んだらお前…!


「ほげ――――っ!」


 手すりを蹴ってそのまま大空へ飛び立つはずだったおれはエースに両足首を掴まれビターン!と間抜けな音を立てて船体に激突した。そのままずりずりと引き上げられて甲板に落とされるとすぐ腹部に衝撃を感じ、内蔵が飛び出しそうになった。


「おい、今マルコ“ほげー”って言ったぞ!?」

「ありがとね、エース」

「お、おう…何かわかんねーけど、ほどぼどにな」

「余計なお世話」


 そんなやり取りを聞きながらやっとのことで目を空けるとエースは既に姿を眩ましていた。あの野郎…!


「さ、マルコ…話の続きしましょうか」


 人の腹に座り優雅に足なんか組んでいるナナが口を開いた。腹への衝撃の正体はナナのヒップドロップだったらしい。


「黒髪美人の巨乳とはヤったの?」

「(単刀直入!)…ヤってねェよい……」

「ふーん?じゃあ許してあげる」

「えっ?」





少しお前に似てたんだよい、
なんて言ったら殺されるだろうか





「命だけは、ね」

「…え?」

「ボコボコで海にポイと、ズタズタで海にポイ、どっちがいい?」

「‥‥‥(ゾクッ)」





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