―がちゃり。
マンションの玄関を開けるとリビングから聞こえてくるバラエティ番組特有の笑い声。靴を脱ぎながらただいまと声を掛ければおかえりーと間延びした返事が返ってくる。
高いヒールで疲れた足はなかなか前に進まず、長時間のデスクワークで凝り固まった肩は何かに取り憑かれたかのように重たい。
漸く辿り着いたリビングでテレビの前のソファにごろりと横たわる人影。オマケにテーブルの上には蓋の開いた缶ビール。
思わずため息が漏れた。
「残業かい?」
「うん。遅くなってごめんね」
「いや、おつかれさん」
ソファから上体を起こした男はふわぁとあくびをするとぐっと腕を天井に伸ばした。
「マルコ晩ご飯食べた?」
「食ってねェよい」
「そっ、か…じゃあ今作るね」
上着をソファに掛けて軽く腕捲りをし、キッチンに立つ。シンクには朝食で使った食器が今朝わたしが見たままの形で置いてあった。
一日中家にいるんだから食器洗いぐらいしてくれてもいいのにとか、お昼も食べなかったの?とか言いたいことはたくさんある。
たくさんあったが面倒なので全て飲み込んだ。言ったところで彼はきっと何もしないし、何も出来ないのだ。
彼は、マルコは所謂ヒモだった。
「ねぇ、…わたしが死んだらどうする?」
ふと、心配になったことを口にしてみる。自分では何も出来ない男は、自分の世話をしてくれる女がいなくなったらどうするのだろうか。
つまらなそうに何度もテレビのチャンネルをまわしていたマルコがこっちを向いた。そうさねぇ…、と立ち上がると考える素振りを見せながらわたしの背後に立つ。
それを気配だけで感じながら手元では人参に包丁を宛てる。ざくりと人参が真っ二つになるのと、わたしの首にマルコの両腕が絡み付くのはほぼ同時だった。
「マルコ、危ない」
「…もしお前が死んだら、」
子供が母親に縋るような、そんな抱擁。マルコはわたしの肩口に顔を埋めて喋り出す。わたしは少し迷って包丁を手離した。
「そん時はおれもすぐに後を追うよい」
耳のすぐ隣で聞こえた彼の答えは酷く馬鹿げていると思った。だけどその馬鹿げた答えにほっとしている自分がいるのも確かで。
「どうせお前のいない世界に生きてたって何の意味もねえしなァ」
肩口から首筋、耳の裏をマルコの唇が這う。擽ったさに身を捩ればぱくりと耳朶を食まれた。
「おれにはお前が必要だよい…」
それはこの場を繕うためだけの言葉だったかもしれない。実際わたしが死んで彼が今答えた通りにしてくれる保証なんてどこにもない。それでも今は、今だけは自分を必要としてくれるマルコが愛しくて仕方がなかった。
「…ナナ……」
甘く掠れた声に身体の芯が震える。そっと頬に添えられた手に誘導されて唇同士が重なった。
ただ大きいだけで何も背負うものなど持たない彼の手はいつだって優しくわたしを包み込む。
依存
自分がいないとこの人はだめなのだとそう思えることがわたしの唯一の支え