「お前は、連れて行けない」
なんで。どうして。そんな聞き分けの悪い子供のような言葉を吐き散らし、涙を流しながら俺に縋る彼女の唇を乱暴に塞いで随分使い馴れたベッドへとその体を押し付ける。ギシリ。ベッドのスプリングが五月蝿く鳴いた。荒くぶつかる唇同士が、執拗に絡み合う舌同士が、互いの呼吸を乱して思考までもを呑み込もうとする。
その勢いを殺さぬうちにやはり乱暴に彼女の衣服を剥ぎ取り、露になった白く豊満な胸を鷲掴んだ。瞬間その眉間には深い皺が刻まれ苦痛の表情が浮かべられたが、そんなことには構わず大きく円を描くように無遠慮に揉みしだく。ただ苦痛に歪んでいただけの彼女の表情が僅かに色を増していた。
漸く唇を離してやれば浅い呼吸の中に時折甘い声が混じって漏れた。しかし呼吸を整える暇は与えず柔らかい太股に手を這わせスカートをたくし上げて、投げ出されている両足の間に自身の左膝を割り入れ態と湿り気を帯び始めたそこへ押しつける。汗ばんだ躰が大袈裟に跳ねて彼女は腰をくねらせた。
「ナナ、暫くは会えなくなるよい」
白い頬に手を添え幾筋も流れている涙を親指で拭う。
おれが彼女を海へ連れていかないのはオヤジの許可がどうとか、海賊船は危険だから、とかそんな理由じゃない。おれが連れ帰った女ならオヤジも仲間も歓迎してくれる筈だし、どんな危険が降りかかろうとも彼女を護れるくらいの自信はある。理由はそこじゃない。
彼女――ナナは、俺が白ひげの一員でありつまりは海賊であることは知っている。しかし彼女が知っているのはそこまでだ。あとはこの島を拠点に動いていたこの数ヵ月の間、船を海岸に付ける度に惚れた女の家へと通う只の平凡な男である俺。海賊としての俺を彼女は知らない。だから怖い。
うちの海賊団は自ら好き好んで殺戮や奪略をしたりはしないが、売られた喧嘩は買うし場合によっちゃァ相手を傷つけ命を奪ったりもする。そんな場面を俺はナナに見られるのが嫌だった。もちろんおれ自身はオヤジの名を背負い海賊を名乗っている自分に誇りを持っている。しかしナナの前でだけはただの平凡な男でいたかった。
「わかってくれよい」
「……ん…わかった…」
ナナ自身が俺が彼女を連れていかない理由をどう解釈したのかはわからないが納得はしてくれたようだ。俺の言葉に頷きそっと目を閉じて頬に添えた手に擦り寄ってくる。頭上で拘束していた手を解放してやればそれはすぐにゆるゆると俺の首へ絡められ優しく抱き寄せられる。
「でも、また絶対会いに来てね…」
「約束する」
どちらともなく引き寄せられる様に唇を重ねて互いに抱き合う。馴れ親しんだ体温が心地好くて、彼女がとても愛しくて。愛してると耳許で囁けば、わたしもと返ってくる彼女の声が擽ったかった。
月明かりだけが照らす暗い部屋の中でゆっくりとしっかりと相手を自分にきざみこむ様に、自分を相手にきざみこむ様に俺達は躰を重ね合う。そして確かめ合う様に何度も口付けを交わして、互いの名を呼んで、互いの姿を網膜に焼き付けた。
やがてすっかり疲れさせてしまったのかナナは、静かに意識を手放し眠りへと就いた。暫くはその安らかな寝顔に見入りつつ指通りのいい髪を櫛くように撫でていたが、東の空が明るくなり始めたのを見てベッドから降り衣服を整えた。
身支度を終え再び彼女を見下ろすも、相変わらず規則正しい寝息をたてているその姿に苦笑する。起こさないように静かにベッドへ腰を降ろし、頭を一撫で。
「行ってくるよい」
眠る彼女にそう告げ、柔らかい彼女の手を掬い上げてその甲にキスを一つ。ぴくりと反応を示す指先には気付かない振りをしてそっと部屋を後にした。
ロアの佇む夜明けまで
title:夜空にまたがるニルバーナ