いつもなら嬉しい筈の雲一つない青空も、今日に限っては憂鬱な気分を煽るただの青色でしかない。今日は久しぶりに大きな街のある島へ船を着けたというのに、わたし達1番隊は今朝の係決めのくじ引きで運悪く船番係りを引き当ててしまったのだ。
「マルコのせいで暇なんですけど」
「残り物には福があるつったのはどこのどいつだよい」
「残りモノには福がある・ら・し・い、って言ったんですぅー」
はぁ…。大きな溜め息を吐いて、甲板に座って読書をするマルコの投げ出されている足に倒れ込む。うつ伏せの状態で乗っかったため胸に脂肪の蓄えがないわたしは強かに肋骨を打ち付けた。そしてゲホゲホと咳き込むわたしを転がすようにマルコの足から落とされる。
「ちょっと!」
「重い」
「だからって…!鬼ッ!」
ちらりとも此方を見ようとしないマルコの足に再びうつ伏せで乗っかって、今度は転がされまいとその憎たらしい程に美しく引き締まった足(男のくせに!)にしがみつく。
これでどうだと言わんばかりにマルコの顔を見上げた、丁度その時。バサッと音を立てて顔面に本が降ってきた。そのせいで鼻を強打し悶えるわたしに「悪ィ、手が滑っちまったよい」なんて言葉が投げられる。
「わざとだろ」
「言い掛かりだよい」
「うそつけ!」
「そこにいるお前が悪い」
ああ言えばこう言うマルコに自分が口で勝てない事はよく知っている。彼の言うことにはもちろん納得いかないがわたしは口を閉じるとしよう。でも悔しいから頭だけは乗せてやる。膝に。今度は仰向けで。いわゆる膝枕ってヤツである。
仰向けになった事で視界に広がる、目に滲みる程の青色に思わず目を細めた。その青に目が慣れるのを待って、やっとちゃんと開いた視界で空を見つめる。しかし雲のない空というのは何だか退屈で直ぐに飽きてしまった。
ごろり。体勢を変えてマルコの方を向く。目に入ったのは腰に巻かれた何の変哲もないただの青い布。指先で触れて、引っ張ったり丸めたりもしてみたけどそれもすぐに飽きてしまった。
「ねぇ、ヒマだよー構ってよー」
「………」
「マルコー」
「………」
「………けち…」
どんなにわたしが声を掛けた所で彼は無視を決め込むつもりらしい。その視線は紙面に並ぶ文字だけをなぞり、意識も文章の意味を読み取ることだけに向けられている。こう徹底的に無視をされては諦めざるを得ないではないか。もうこに居ても仕方がない。
よいしょ、両足を軽く振り上げてそれを戻す反動で起き上がる。
「うぶっ!」
しかし起き上がった瞬間にマルコの大きな手に顔面を押し戻され、あっけなく元の体勢に戻されるわたし。意味がわからない。
「大人しくしてろよい」
「………」
何て言うか、マルコはずるいと思う。わたしが構って欲しい時には構ってくれないくせに。わたしが離れていくことも許しはしないなんて、わがままな子供みたいだ。
それでもわたしが再び起き上がろうと思わなかったのは、わたしの顔面を押し戻したマルコの大きな手がそのまま頭を撫で始めたから。決して優しいとは言えない不器用な撫で方だったけど、何だかそれがどうしようもなく心地よくて。嬉しくて。
「ふふっ」
思わず笑いを溢せば、相変わらず本に向けられていたマルコの目がちらりとわたしを見る。その目はまたすぐに本へと戻ってしまったが、仏頂面だったマルコの口元は緩く弧を描いていた。
残り物には福があるらしい
なるほど。あながち間違いではなかったみたいだ。