「…マルコ」
「なんだよい、難しい顔して」
「名前が、お前のこと好きなんだってよ」
「…はあ?」
「だよな。普通そうなるよな」




夜の甲板で海を眺めるおれの元へサッチがふらっと寄ってきてため息をついた。名前が、おれを?




「だとしたらあいつ、相当男運ねェよい」
「自分で言うな」
「兄貴分は大変だなァ?ま、よろしく頼むよい」
「…いいや、おれはお前が本気になる気がするぜ?」




廊下の向こうにナースが姿を現し手招きをするのが見える。じゃあな、と手を振ればサッチの苛ついた舌打ちが聞こえた。それに構うことなくおれは足を進めてゆく。誰がおれを好きだって?笑わせてくれるよい。















「マルコ隊長、おはようございます」




朝食の混雑が過ぎ、人影もまばらになってきた食堂でゆっくり新聞を読んでいると、ゆるやかにカールのかかった亜麻色の短い髪をわずかに揺らして、名前は眠そうにおれの隣に座った。




「ずいぶんな寝坊だなァ」
「いろいろと明日の上陸の準備があって。ほら、うちの隊長寝てばっかりですから。あ、コーヒーのおかわりは?」
「あぁ、ありがとよい」
「それから、隊長にお話があって。わたし、マルコ隊長が好きです」




トーストいかがですか、とでも言うような、今までの女にはないあまりにもあっさりとした告白だった。これにはさすがにおれも度肝を抜かれて、コーヒーを熱そうにすする名前の横顔を凝視してしまった。




「…、正気かよい」
「ひどい言い方だなあ、当たり前じゃないですか」
「想ってくれんのは構わねェが、いつまで続くかねい」
「噂通りのプレイボーイですねえ、隊長」
「否定はできねェなァ。ま、せいぜい頑張れよい」
「ははっ。そんなこと言ってると足元すくわれますよ、」




じゃ、上陸の仕事がありますんで。そう言って名前は席を立った。長年同じ船に暮らし、共に戦うクルーだが名前の行動はたまに読めないことがある。あいつはおれの愚行も当然知っているはずで、今だってあいつの(あまりにもあっさりとした)告白を冷ややかに交わしたにもかかわらず、ショックを受けるどころかさも可笑しそうに笑っていた。その笑顔に一瞬どきっとしてしまったのは認める。きれいな女だ。名前の笑顔は人をひきつけるなにかがあって、それでいて戦闘では確実な強さもあり隊長たちの信頼は厚い。そんなあいつが、よりによっておれを?




「…もったいないねい」




あいつなら、相手がおれじゃなきゃおそらく幸せになれる。こりゃ、久々にサッチに激怒されるかもしれないよい。
名前が入れてくれたおかわりのコーヒーをぐっと飲み干す。ふと昨夜のサッチの言葉が頭に浮かんだ。おれが本気になる?まさか。





その日の夜も、おれは甲板に出た。サッチはいない。廊下の向こう端のドアが開き、ナースが立つ。ゆっくりとした足取りで近付く。一歩、一歩。

「マルコ、隊長?」

ぴたりと足が止まった。開くドアの向こう、廊下の曲がり角に酒瓶を抱えた名前がいた。

「宴かい」
「ええ、明日は上陸だっていうのにビスタ隊長が花散らしまくってますよ。マルコ隊長もいかがですか」
「…悪いが、先客がいるんだよい」

名前はちらりとナースを見て眉をひそめた。出くわすのは、初めてだったか。
ナースの横に立つとナースはひそやかにおれの手を引いた。ドアに手をかけ、一瞬だけ名前を見れば、月明かりに照らされて立ち尽くす、怒りも悲しみもない真っ直ぐな目。

「!」

咄嗟におれはナースの手を振り切り、名前へ近付いた。怯えているのか、その瞳がゆらりと揺れる。ナースに聞こえないように、の耳元へ静かに囁く。



「おれが欲しかったら、奪ってみせろよい」




揺れる瞳がすうっと細くなり、その真っ直ぐな目におれを映した。噂通り、と小さく呟き、名前はにこりとあの笑顔を見せて賑やかな騒ぎ声のする食堂へ駆けて行った。

「ったく、なに言ってるんだよい、おれは…」

自分の行動ながら、まったく意味がわからなかった。ただ、名前の姿になにか突き動かされたとしか言いようがない。

「悪いな、今夜はなしだ」

―どうかしてるよい。










***





「やっとおれも酒が飲めるぜ!やっぱだりぃよなァ、仕事は」


翌日の上陸は2番隊の指揮のもと順調に行われた。一通りの仕事が終わったのはもうかなり遅い時間で、あー腹減った!とぼやくエース隊長と島の酒場への道を歩いた。


「……あ」
「?」
「名前、違う道通ろうぜ」
「なに言ってるんですか、酒場はすぐそこでしょう」



エース隊長が苦い顔をした。光と騒がしい声がだだもれな酒場の前に、美しく淫靡な女性と寄り添うマルコ隊長がいた。おそらく、娼婦だ。



「名前、」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
「お前、平気なのかよ」
「忘れたんですか。わたしは揺らがない女ですよ」
「はあ…あんなの、どこがいいんだか」
「さあ、性格悪いとこですかねえ。…欲しいものは奪っちゃえばいいんですよ」



お前、すげーバカ。
エース隊長が深いため息をついて酒場へと入って行く。とっくにこちらに気付いていたらしいマルコ隊長は特に驚くこともなくわたしを見た。



「マールコ隊長、」
「仕事は終わったのかい」



マルコ隊長はぎらつく眼差しをわたしに向けた。ええ、と笑顔で交わして隊長の腕に絡み付く娼婦へ金貨を差し出す。今更、ですよ隊長。奪えって言ったのはあなたでしょう?



「すみません、娼婦さん。これくらいでいいですか?この人、わたしのなんで、今すぐ消えてください。あ、足りませんか?」



娼婦は真っ赤な顔をして憤慨し、金貨を掴んでひらりとショールを翻して立ち去った。隊長はなにも言わず、ただじっとわたしを見ている。
本当にずるい。だけど、惹かれてたまらない。わたしもちゃんと女であって、悪い男の勘くらいはきく。マルコ隊長はそのセンサーに盛大に引っ掛かっているというのに高鳴る鼓動を止められない。むしろその浮気性な面ですらねじ曲げたいと思うわたしがいる。



「さて、欲しいから奪っちゃいましたけど。隊長、なにかわたしに言いたいこと、あります?」
「馬鹿野郎。お前、男運最悪だよい」
「あー、よく言われます」
「…どっかで飲み直すかい?」
「いいですねえ」









(もうプレイボーイとは呼ばせない)









「たーいちょ」
「あ?」
「手、」
「…」
「隊長を奪っちゃおう計画の第二歩です」
「そうかよい」

ぶっきらぼうに放り出された隊長の左手をしっかりと握る。なんだ、ちゃんとあったかいじゃん。ちょっとにやけた顔で何気なく見上げるとばっちり目が合ってしまって、さすがにちょっと照れた。それは隊長も同じだったらしく、空いている右手でわたしの頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、馬鹿野郎、と言って目尻を下げた。









2011.03.06 白瀬さま

相互記念に白瀬さんよりいただきました!女遊び激しいマルコとか好物すぎてヨダレ出るわ!(しまって) そのくせ挑発しといてヒロインに本気になっちゃう、実は手の上で転がされてるマルコとか、ね…!白瀬さん、素敵なマルコ夢をどうもありがとうございます!これからもよろしくお願いしますね(*^o^*)