「イルカせんせー」


いつもこんな風に、まるで仔猫のように人懐っこく寄ってくる彼女。
こんな可愛い身振りをしてるが、うちのクラスの問題児の一人だ。


「おー、どうした?」
「聞いて聞いて!今回のテストね、」


問題児、というのは成績の問題。生活態度に関しては全く問題ないのだが、彼女は勉強がてんで駄目なタイプだった。前回の中間試験の結果は、赤点が3つ。
うきうきしたようにファイルの中をぺらぺらと探る素振りから、今回はもしや赤点ゼロなのではと思った。が、


「赤点2つだった」


顔の両脇に赤点のテストを広げ、笑顔を振りまく彼女に思わず脱力した。
教科は日本史と…保健体育?


「おまえ、保健体育が赤点ってなんだよ。わりと取れる教科だろう」
「わたし純粋だから性教育苦手なの」


それにゲンマ先生、ちゃんと授業してくれないんだもーん。
拗ねたように口を尖らせ、保健体育の問題用紙を広げる。保健体育で性教育…一番取れそうな気がするけどな。


「それに、日本史っておまえ俺の教科じゃないか」
「暗記ニガテ」
「ニガテ…って、これじゃ追試だぞ?」


そうだね、と笑顔を向ける彼女には、まるで危機感がない。
それと同時にその笑顔に少しときめいてしまうのは、教師としてあってはならない感情であって。彼女といると、この感情を隠すのに必死だ。


「じゃあ先生教えてよ、日本史。マンツーマンで」
「あぁ、いいけど…」
「じゃあ今日ね!」
「きょ、今日!?」


今日は職員会議もあってその後他の小テスト類の採点、それに…
ぐるぐると脳内を廻る今日の予定。やっとぽかんと時間が開くのは、どうやら20時から21時。とっくに生徒は下校し、教師ですらほとんどいない時間だ。


「今日は無理だ、無理」
「えー!ケチ」
「ケチっておまえ…」


残念そうに視線を下に向ける彼女。いつもこう、期待させるような態度をとる。じゃあいいや、と広げたテストを鞄の中に無造作に突っ込み鞄を肩にかける。くたくたになった鞄の中からお菓子の甘い匂いが香るのは、女子特有なのだろう。
はあ、と小さく溜息をつく彼女に少し罪悪感を覚えながらも、少し茶色がかった髪の毛を撫でてやれば目を細めるその表情は、それこそ仔猫のようで。放っておいたら逃げてしまいそうだが、今の俺にとっては逃げてくれた方が好都合かもしれない。


「あ」


頭の上に手が乗ったまま、彼女はハッとしたように顔を上げる。
どうした?と眉を顰め表情だけで尋ねると、キョロキョロと周りを見渡し始めた。


「カカシ先生は?」
「カカシ先生?」
「うん。イルカ先生がマンツーマン嫌なら、カカシ先生に頼む」
「え?あの人は日本史担当じゃないだろ」
「日本史もわかるって言ってたもん」


ずん、と喉の奥が重くなる感じがした。
自分が好意を寄せる生徒が他の教師とマンツーマンで勉強だなんて、耐えられるはずが…ない。しかも相手はあのカカシ先生となると…。


「あーもう、カカシ先生探しに行かなきゃ。あの人いつも定まったところに居ないよ
ねー」


じゃ、また明日。さよーならーいつものように適当な挨拶をして、職員室の扉に手を掛けた。
ここで声をかけ男としての俺を見せるか。
それともこのまま他の教師に手渡して(って言い方もおかしいが)教師としての俺を全うするか。


俺は…―


「ちょ…っと待て!」


男としての、俺を選んだ。


「え?」


彼女のその細い腕で半分まで開けられた扉。
俺の声で振り返ったことにより、その扉は再び閉まる。


「…どしたの?イルカ先生、」


疑問に覆われたその瞳で見つめられると、胸がきゅんと熱くなる。まるで初恋を覚えたばかりの少年のように。


「9時…いや、8時には俺は学校を出れるから」
「…?」
「それだけだ、…カカシ先生に頼むなら、失礼のないようにしろよ」


それでも教師としての自分を少しでも守った俺は格好悪いだろうか。
マフラーで顔半分を覆った彼女の瞳は優しく弧を描くと、壁にかかる時計に視線を向けた。


「まだ時間あるから、おうち帰って着替えてこよーっと」





校門前で、待ってる



「ついでに保健体育も教えて?実践で」
「な…っ、からかうな!!」







2010.03.31 kai.様より

10000打のお祝いに頂きましたイルカ先生夢!kai. のイルカ先生好きすぎてヨダレ出る\(^O^)/
どうもありがとー!