「ねーマルコー。お腹空いたよう…」 今朝、ひどい朝寝坊(むしろ昼寝坊というほうが近い)をして、朝飯と昼飯の両方を食べ逃した名前は、すごく不機嫌な顔でおれの部屋を訪ね、ベッドの真ん中に力なくへろんと寝転んだ。ただの寝坊なら料理長もしぶしぶトーストを焼いてくれたりするのだが、残念なことに名前は日頃から大変な寝坊魔で、甘やかしておれん、今日という今日は許さん!と料理長の厳しい鉄槌を受けたというわけだ。 「ねえ、本当にわたしもうダメかも」 「…自業自得だろい」 「や、はいそれはもう痛いほどに反省してます…」 「ったく、昨日は何時に寝たんだい」 「ええと、4時…は回ってた、かな」 「いい加減学習しろよい!」 名前の寝坊の理由はただひとつ。本だ。漫画、小説、雑誌などなどの活字。 ―だって夢中になっちゃうんだもん― これが名前のいつもの言い訳だ。あまりにもバカな隊員(まあ、そこが愛しい、なんて口が裂けても言えないがねい)に腹が減ったといくらせがまれても、おれは部屋に食い物なんて置いていないから困った。(さっきから名前の視線がおれの頭に向いている気がするのは断固として無視する!) 「おーいマルコ、いるかー?」 「……あぁ、いるよい」 ドンドン!とドアを叩く音。エースだ。こいつなら部屋に食べ物はありそうだよい……おれはベッドの上のへろへろ女をちらりと見て、再び机の書類に目を落として返事をした。 「…お!悪質眠り姫はここにいたのか。マルコ、昨日コックが焼いたケーキ、冷蔵庫に残してあるから早いうちに食えってよ」 「えっわたしのは?!」 「おめーは昨日食ったろ!」 「あぁぁーこんなことになるなら残しておけばよかったあああ!」 「つーか寝坊しなきゃいいんだろ、バカ」 エースにだけは言われたくない!とすぐさま噛み付く名前に、片耳を手で塞いであーはいはい、じゃあなマルコ!と言い残してエースは部屋を出て行った。そして沈黙。なんとなく、おれはこの後の展開が読める、気がする。 「ねえ…マルコ」 名前はベッドの上で姿勢を正し、きょろきょろと部屋を見渡した。そうれ、きた。こいつが次に言う言葉はきっとあれだ。 「ケーキ、ちょうだい」 …ビンゴ。わっかりやすい奴だよい。 ペンを止めてくるりとベッドの方を振り返ると、名前はまあ情けない顔をしていた。沈黙のあいだにタイミングよくぎゅるるると腹が鳴り、恥ずかしさでううっとお腹を押さえる。なんだお前は。マッチ売りの少女か。安心しろ、もしもお前がこの船を下りても、そのねだり方があれば絶対に生きていけるよい。 しかし、深いため息と共におれの中に顔を覗かせたのは天使ではなく悪魔の方で、そしてその衝動は止まりそうもねェ。 頭の中で会話の道筋の計算が立つ。どうやらおれの性格も相当ひん曲がっているみたいだねい。 「あと2時間ちょっとで晩飯だろい」 「うー…確かにそう、だけどー」 「それに、おれが今お前に食べ物を渡したら料理長の鉄槌の効果がねェよい」 「ごもっともです」 「ならぐだぐだ言ってないで我慢しろい」 「えー…………けち」 「けちで結構。それにお前、昨日もケーキ食べたんだろい?太っても知らねェよい」 「余計なお世話…!もういい!わたしが勝手に食べちゃうもんね」 「おっと、困るねい。船の中で泥棒か?」 「…っ!! どうして今日に限ってそんなにいじわるなわけ!甘いの苦手でケーキなんていつも2,3口しか食べないくせに!」 おれの筋立て通り、しゅんとしおらしかった名前は空腹のイライラが重なって次第にヒートアップしてきた。しおらしいの影はすでに消え、なんとしてもケーキを奪取しようとしゃんと背筋を伸ばしている。たかがケーキ、されどケーキ。つーかそれだけの元気がありゃ晩飯まで待つのなんて余裕だろい。 しかし、だ。そんなに簡単におれが折れると思ったら、大間違いだよい。 「そこまで言うなら、あげてやってもいいよい」 「ほんと?!」 「そのかわり、」 椅子を立ちベッドに腰を下ろして#なまえ#と向き合えば自然に、にやりと唇の端が上がる。ああ、悪い顔。 「…おれごと奪ってみせろよい」 (おれの全てをくれてやる) 「じゃあまず、おれを奪ってもらおうか。ほれ」 「いやいやいや、それ色々おかしいよマルコ!」 「ケーキは厨房だろい。今お前が奪えるって言ったらおれしかねェだろい」 「なに言っ…」 「ごちゃごちゃ言ってっとおれが奪っちまうよい」 「や、マルっ…ん!」 * ごちそうさまでした * 2011.03.06 白瀬さま 白瀬さん宅の1000hit企画にていただきました!リクエストした台詞は「奪ってみせろよい」です!空腹のあまりマルコの頭見ちゃうヒロインちゃんが愛しい(^w^)そして最終的に理不尽で強引なマルコに何もかも奪われたいです(〇´д`)← 白瀬さん、素敵な企画に参加させてくだってありがとうございました! |