きっと嫌がるんだろうなと、不貞腐れたような顔を浮かべる姿を想像しては緩みそうになる頬を引き締める。
 校門前に車をつけてから約10分。校内からこちらへ向って歩いてくる4人の男の子の姿を見つけて車を降りた。

「おつかれさま」 
「あ〜、やっぱりナナさんだ」
「どもっす」
「どーも」

 声を掛けて一番最初に反応を返すのはいつも及川くんだ。次に岩泉くん松川くん、そして最後に嫌そうな顔で言葉を発するのがわたしが待っていた人物。

「…なんでいんの?」

 うわ、マッキーひどっ!と若干引いている及川くんをよそに期待通りの反応が見れたわたしは満足している。

「なんでってあんたの誕生日だからでしょ。連絡もしたけど?」

 そう返せば相変わらず不機嫌そうに怠そうな仕草で鞄の中のスマホを取り出し、画面を確認しだした。役目を終えて無意味になったメールを今更確認する事に何の意味があるのか。
 そんな仕草をなんとなく見つめていたら及川くんが一歩近づいてきて「あ」と小さく声をもらす。
 
「ねぇねぇ、ナナさん香水変えた?」
「え、わかる?」
「わかるわかる、俺この匂い好きー」

 及川くんは、さっきよりももう一歩近付いてきて耳元に顔を近づけたかと思えばすんすんとわたしの匂いをかいだ。そして一瞬ぎょっとした顔を見せた岩泉くんにすぐさま耳を引っ張って引き剥がされ頭をひっぱたかれていた。

「いったいなもう〜」
「うるせぇボケ川!いっぺん死ね!」
「すみませんね、うちのアホ主将が」

 岩泉くんと言い合う及川くんの代わりに松川くんが冗談めかしく頭を下げた。いえいえ、なんのこのくらい。笑ってそう返そうとしたわたしの言葉はたった一言で遮られることとなる。

「ねぇ、俺腹減ってんだけど」
「ごめんごめん帰ろう」

 普段は見せないであろうチームメイトのそんな姿に岩泉くんは気まずそうな曖昧な表情を浮かべたが、及川くんと松川くんは少し面白がってるようにも見える。どうやら確信犯だったらしい。
 貴大は別れの挨拶もそこそこにさっさっと助手席に乗り込んだ。それに倣って自分も運転席に乗り込む。

「じゃあみんな気をつけてね」
「はーい、ナナさんもね。マッキ―、明日も部活だから程ほどにね〜」
「うるせー」

 車を出した後もうしろで手を振っているみんなにハザードで軽く挨拶を返し、アクセルを踏み込む。そこからうちにつくまでずっと、貴大は窓の外へ顔を向けたまま頑なにこちらを向こうとはしなかった。

 自宅に着き車を降りて、玄関。カギを閉めて振り向いたところでわたしを見下ろす貴大とやっと目があった。しかしそれも束の間、貴大はさっき校門前で及川くんがしたようにわたしの耳元に顔を寄せると小さく息を吸い込んだ。
 そして一言。くさい、と。

 その言葉に言葉を返す前に腕を掴まれたかと思えばそのまま強引に引かれる。

「ちょっと…!」

 脱ぐ間も与えられなかった靴をなんとか玄関に振り落とし、ずかずか歩く貴大に歩幅を合わせられないまま連れて来られたのは風呂場だった。荷物を放られ、わけのわからないままひんやりした風呂場の壁に押し付けられる。

「もうっ、なんな――」

 またもや最後まで紡ぐことを許されなかったわたしの言葉は、シャワーから勢いよく飛び出したお湯によって排水口へと流された。
 わたしを閉じ込めるように壁に両手をついた貴大はうつむいたまま動かない。
 いまだ降りかかるシャワーによって、濡れた衣服はべったりと肌に張り付き徐々にその重さを増していく。

「…貴大?」

 声を掛けてみても相変わらず頭頂部しか見えないその顔を覗き込もうとした時、首へするりと大きな手が這った。

「俺は、この匂い嫌い」

 匂いを消そうと首をこするその手の動きに、こんなに近くにいるのに交わらない視線に、そういうことかと全身の力が抜ける。
 貴大はわたしが学校まで出向くことをものすごく嫌がる。もっと具体的に言えばチームメイトに会うことを、だ。

「及川くんは好きって言ってくれたけど?」

 わざと見せた挑発的な態度に貴大の手が止まる。ほんの一瞬だけ目があい、そしてピンクがかった茶色の頭が近づいてきたかと思えば首筋に走ったのは鈍い痛み。
 首筋に噛みつかれていた。

「はぁ……わかった、もうつけない」

 呆れの色を隠すことなく本心のままに溜息を吐き出す。同時に目の前の大きな男の子がどうしようもなく愛しくなって、そっと背中に手を回した。

「貴大、顔見せて」
「…………」

 首元に埋められた顔がのっそり動く。今日、初めてちゃんと貴大と目が合った。
 茶色の瞳に映る自分。そのもっと奥には微かではあるが不安の色が見て取れる。

 あぁ、かわいい。可愛くて可愛くて仕方がない。
 自分の口が自然と緩んでいくのを感じた。かわいいと、口に出せば貴大の眉が顰められる。
 わたしと一緒にシャワーの水を被って水が滴っている目元に、頬に、唇に、触れるだけのキスを落としながらしゃべりかける。

「この香水さ、お揃いで買ったんだ」
「おそろい?」 
「そ、貴大の誕生日プレゼント」

 ふぅん。たった一言の気のない返事の後、先程噛みつかれたところに今度は舌が這う。そのままつつっと首筋をなぞるように舐めあげられれば妙な擽ったさに身体が震えた。

「…でももうソレやだ。他のにして」

 言葉と同時に、執拗に舐められていた箇所にチクリと刺すような痛み。確かめるような指の感触。そして満足そうな顔を浮かべる貴大に思わず笑いが漏れる。

「ふふ、ほんっと子供!」
「うるせー」
「ふ、ははっかわいすぎ!」
「ナナさんは笑いすぎ」



1月27日
泣かせたいのも怒らせたいのも、
笑わせたいのも一緒に幸せになりたいのも、
全部全部キミだけ



「貴大、誕生日おめでとう」
「ん」
「大ふっ、大好き…ふふふっ」
「うっわ台無し」


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