穏やかに秋の陽が差し込む午後の教室。カタカナばかりを発する教師の声に、チョークが黒板をすべる音。誰かがページをめくる音。シャープペンがノートを走る音。言葉にすれば多くの音で溢れているのに授業中の教室というのは妙な静けさに覆われている。
 その静けさにこれらの音はとても心地よく響き、昼食の満腹感も手伝ってうつらうつらと頭を揺らしているクラスメイトは少なくない。ほんの少し前までは自分もそのうちの一人だった。

“ほんのすこし前までは”というのは、ほんの少し前に穏やかなまどろみから一気に引き戻されるような光景に気付いてしまったから。

 隣の席の女子生徒が机に頬杖をつく形で眠っている。普通ならなんでもないそんな光景にどうしてこうも目を奪われたのかと言えば、答えは机の下で密かに弄られていた彼女のスマートフォンにあった。うっすらと光る其のディスプレイに表示されている自分の名前。そうそう見かけないその二文字に釘付けになっていた。

 まるでチャットのように会話を楽しめるそのアプリ。生憎、女生徒の手で隠れてしまっていて俺の名前が出るまでの経緯とそれ以降の会話は読み取れない。なんとか確認しようとさりげなく体勢を変えてみたが、うまいこと隠されていて確認することができない。あぁ、もどかしい。気になる。自分は何を言われているのだろうか。

 いっそ消しゴムでも転がして拾う振りをして積極的に見に行ってやろうか。そんな考えにたどり着いた頃、幸か不幸か彼女は目を覚ましてしまった。
 かっちりと視線が交差する。ねぼけ眼だった瞳がみるみる開かれてまんまるになる。そしてものすごい勢いで顔をそらされてしまった。

「…………、」

 あれ?俺今、女子の寝顔をじっと見つめるただの変態として認識されたんじゃね?それは困る。そうじゃない。長いまつげとかほんの少しだけ開かれてる唇とかにまったく興味がなかったと言えば嘘になるが、待ってほしい。俺が本当に気になっているのは彼女の手の中で交わされていた会話な訳で。

ビリッ。

 ノートの端を適当に破き、文字を書いて畳んで隣の机に滑らせる。それに気付くと不自然な程に逸らされていた顔が躊躇いがちにこちらを向いて、俺とノートの端切れを交互に見た。そして端切れを手に取る彼女。

“その花巻って俺?”

 そう書かれた紙を見るなり首を傾げ、再び俺を見る。ラ、イ、ン、口パクでそう伝えれば彼女はハッとしてポケットにしまったスマホに手をやった。…かと思いきや慌てた様子で俺が渡した紙に文字を書きはじめ、書き終わると畳みもせずにそれを寄こす。

“そうですごめんなさい!でも悪口とかではないので…!!”

 当たり前だけど女子の字だった。少し丸くて小さめのかわいらしい文字。ちらりと視線を向ければ手を合わせて口パクでごめんなさいと謝られた。
 今まで必要以上の会話を交わしたことのなかった子なので何だか新鮮だ。そうじゃなくても今は授業中で、ましてや手紙のやりとりなんてレアケース中のレアケース。そりゃテンションも上がる。調子にも乗りたくなる。

“七野さんもしかして俺のこと好きなの?”

 新しい切れ端に書いてみて、我ながら図々しい質問を投げかけたものだと思う。それでも彼女の反応が見たくてさっきよりも少し小さめに畳んで彼女に渡す。冗談半分のつもりだった。しかし。

「……!」

 それを読んだ彼女の反応といえば、下を向いて顔を隠すように、あるいは頭を抱えるように、ぴくりとも動かなくなってしまった。髪の間から覗く耳は赤く色付いて見える。

「……え、」

 思わず声が漏れた。彼女が身を縮める。
 …マジか。その線も全く期待していなかったわけではないが、むしろその線が一番濃厚なんじゃね?と思っていたくらいだが。言葉で答えをもらったわけではないが、彼女の態度は俺に確信を抱かせるには十分すぎる程で。いざ確信を持たされれば自分から仕掛けたにも関わらず顔が熱くなる。
 
「……、」

 新しくノートを破いた。少し迷って緊張する指先で文字を書く。ちらりとこちらを伺うような視線を感じたが気付かないふりをした。

“今日は部活休みなので一緒に帰りませんか”

 ほんの一文。たったこれだけの文字を書くのにこんなにも緊張したことがあっただろうか。
 小さく息を吐いて紙を畳んで、なるべく平静を装って隣の机においた。彼女がおそるおそるその紙を開いていくのを頬杖をつきながら盗み見る。紙を開き中を見た彼女はぷしゅーと空気が抜けた風船のよう机の上に崩れ落ちた。

 息が止まるような思いでその先の反応を待つ。彼女の拳がきゅと握られて、そして。机に突っ伏したままの頭が小さく頷いた。

 それを確認した途端俺からも空気が抜けて同じく机の上に崩れ落ちる。やっと緊張から開放されると今度は緩みきった頬を引き締めるのが難しくなった。



その角を曲った先
会った感情に名前をつけるとしたら



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