「…夢か……」

昨日はベポに抱き締められながら眠ったと思ったがそれはどうやら気のせいだったらしい。少し大きめのベッドで一人寂しく目が覚めた。毎日の開店準備で早起きに慣れていたあたしは二度寝する気にもなれず部屋を出て、船内の構造もよくわからないまま何となく辺りを歩きまわってやっと甲板へと辿り着く。
まだ太陽の昇りきらない空は薄暗く濃紺から覗くわずかな橙色が酷く幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「わぁ…!」

思わず走り寄った船縁から身を乗り出し食い入るようにその空を見つめる。今までも幾度となく見てきた様な空ではあるが、船の上から海を介してこの光景を見るのはこれが初めてだった。

「すっごいきれー…」

海面に映った橙色がゆらゆらと波に揺れる様に見とれる。これからはこの光景が毎日見れるのかと思えば心が踊った。

「落ちるぞ」
「へ?」

こんな時間に起きてるのは自分だけだと思っていたあたしは突如かけられた声に間抜けた声で振り返る。

「あ、ローさん」

今朝も相変わらずイケメンですね!

「おはようございます」
「あぁ」

ローさんは挨拶もそこそこに、あたしの隣で船縁に肘をかけ海を見つめた。え、ななな何このシチュエーション。神様からのプレゼントか何かですか?いい景色とイケメンとか目に優しすぎるよ神様!

「さっき、お前の店に行ってきた」
「え?お店に?」
「で、店主に会ってきた」
「…マスター?」

ローさんはちらりと一瞬だけあたしに視線を向けて、またすぐに海へ視線を戻す。今回は客としてあの店に行ったわけではないはず。お店の営業時間まではまだだいぶ時間がある。

「あの…、何をしにマスターの所に行ったんですか?」
「ふふ、知りたいか?」
「か…っ」

何かイイ顔でもったいぶられたんですけど!萌!…じゃないだろ、落ち着けあたし。危うく可愛いって叫ぶとこだった。そんなこと言ったらきっと殺される…!

「お、教えてください」

ローさんは今度は体ごとあたしに向き直る。

「お前の代わりに店主の言葉を聞いてきてやった」

お前は気付かなかったようだが、昨夜あの店を出るとき何か言いたそうにしている店主の姿を二階の窓に見た。

「もう二度と会えなくなるかもしれないからな」

開いた口が塞がらなかった。二度と会えなくなるかもという言葉にではなく、ローさんの取った行動に、だ。海賊というのはみんなこうも律義なものなのだろうか。

「掃除もろくに出来ないバカ娘だが、せいぜいこき使ってくれだとよ」
「………」
「あとお前、店の入り口にでっかく“いってきます”と書き残してきたらしいな。おれを待たせたのはそのせいか」
「あ、はい…すみません…」
「まぁ、いい。…行ってきますと言ったからには、必ずまたいつかはそのアホ面見せに戻ってこいってさ」

バカとかアホとかマスターは相変わらずあたしに対して失礼だけど、きっとローさんにそう話すマスターは優しい顔をしていたはずだ。恰幅のいいお腹と目尻にしわの寄った優しい顔を思い出したら何だか泣きそうになった。

「店を出るとき店主に、おれの出来の悪い自慢の娘をよろしく頼むって頭を下げられた。お前、随分と愛されてたんだな」
「……っ、」

だめだった。堪えきれずにぼろぼろと涙が溢れ出す。

「ロ゛ーさぁぁん…うぇっ、あだ、あだし、ほんとの娘じゃ…ずずっ…な゛いんれす…ぐすっ」
「へぇ?」
「な゛のに…っ、マ゛ズダぁ゛ぁぁ…うぅっ」
「…どうする?戻るなら今のうちだぞ」

腕組をしてあたしを見下ろすローさんにふるふると首を振る。マスターにそこまでさせておいてのこのこ戻るなんて出来ないし、やっぱり海に出たいというあたしの気持ちも変わらない。

「そうか。それなら泣くな。
俺の前で涙を流していいのはベッドの上だけだ」
「な゛…ッ!」

朝っぱらから何てハレンチなんだこのイケメン…ッ!ぐっと下唇を噛んで涙を堪えた。だけど歪む表情をとめられず、あたしは今きっと女の子らしからぬ顔を晒している。

「あ、キャプテンおかえ――えっ!?ナナ泣いてるの!?大丈夫?キャプテンにいじめられた!?」
「ベボぉ゛ぉぉ!」
「違うよナナ、おれベ“ポ”だよ!」

今そこどうでもいいよベポ!
でも可愛いから許す!

「ベポ、今すぐ全員起こしてこい。
出航する」
「アイアイキャプテン!」



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