宿を出てローさんの(キャプテンって呼ぶべき?)後を着いていく。足の動きはゆったりしているのにあたしが小走りしなきゃいけないのは歩幅の違いのせいだ。あ、あたしの足が短いんじゃないよ、ローさんが長いだけ。……ってか、ローさん小尻だなぁ。いいなぁ。あのキュッと引きし――
「おい」
「わっ、た、星がきれいですねッ!」
「船は東の森を抜けたところに停めてある。明日の朝までに準備を済ませてそこへ来い」
店の前に着くとローさんは後ろを振り返り挙動不審なあたしを華麗にスルーして必要事項だけを簡潔に述べた。そしてまたすぐに背を向けると(たぶん)船へ向かって歩きだす。
「ローさん!」
「何だ」
「東ってどっちですか!」
「……」
呆れた顔で無言のまま指でその方角を指し示すローさん。最初からそうしてくれれば良かったのに。そしてすぐにまたあたしに背を向けようとしたローさんを再び慌てて呼び止める。すごく睨まれた。すみません。
「まだ何かあるのか」
「やっぱあたしも一緒に行くんで待っててください!」
「………」
返事はため息で済まされたものの、店の壁に背を預け腕を組んだローさんは「さっさとしろ」とだけ言った。待っててくれるらしい。かっこ良すぎである。暫く見とれてたら置いていかれそうになったので慌てて店に入った。
なるべく音を立てないように二階にある自分の部屋へと急ぐ。部屋に着き一度ぐるっと中を見回してみた。今日でここともお別れだと思うときゅっと胸が締まる思いだ。服と少しの生活用品だけバッグに詰めて部屋を後にした。長居すればするほど離れがたくなる、から。
一階に降りると客もマスターもいない店内は当たり前だがひっそりとしていた。怒られてばかりの毎日だったけど楽しかったな。あたしの代わりの看板娘は見つかるかな?簡単には見つからないだろうなぁ。勝手に出てったらマスター、怒るかなぁ…
「…………、」
* * *
店の外に出ると不機嫌そうな目と目が合った。もしかしなくても怒っていらっしゃるようだった。
「お待たせ、しましたぁ…」
「遅ェ」
てへ、と可愛く笑ってみせたけどガン無視された。早速歩き始めたローさんの背中を慌てて追うのはこれで何度目だろうか。せっかちだな、なんて思いながら後ろを付いていくとローさんが突然立ち止まってあたしを振り向く。
「――…、」
「?」
何か言おうとしたようだけどやめたらしい。何だろう、気になる。その後は一言も会話を交わすことなく東の森を抜け思ったより早く船に到着した。
「…わ、でか……」
初めて見る海賊船にそんな言葉を漏らしたあたしを見てローさんが少し笑った。実感がわかずにのこのことただローさんの後ろを着いてきたが、ここに来てやっと胸が騒ぎ出す。あたし、本当に海に出るんだ。
「ベポ!」
ローさんが甲板を見上げて呼んだ人物(いや、熊だった)の名前にはっとする。ベベベベポ!?ベポを呼んだのか!わ、ちょ、まだ心の準備が…!わたわたと手櫛で髪を整えて服の裾を意味なくちょっと払ってみたりして。程なくしてひょこっと白い頭が船の上から現れた。
「キャプテンおかえ……あ!ナナ!!」
再会出来て、更に自分に気づいてくれたことが嬉しくてベポ!と呼び返そうとしたあたしだったがそれは叶わなかった。あたしの名を呼んだ直後彼の発した言葉にあたしの体はぐしゃっと地べたに崩れるのだった。
「ベッドの上でキャプテンを満足させられたんだね!」