薄暗くなった空に街頭が灯り、酒場にも徐々に客足が増え始めるこの時間帯。


「マスター、海に出たい!」

「ほざけバカ娘」


拳を握ってそう宣言したらトレンチで頭をはたかれた。マスターはトレンチに注文品を乗せるとこれ8番テーブルなと何事も無かったようにそれをあたしに渡す。反抗の意を込めてべーっと舌を出したら今度はげんこつが降ってきた。

既に日課と化しているこのやりとり。マスターはあたしの言葉をガキの戯れ言だと軽くあしらうけれど、あたしは本気だ。それには先ずあたしを乗せてくれる船を探さなければならないのだけれど、これがなかなか。どうせ乗るなら心身ともにイケてる人の多い船がいい。あわよくば船上ラブを展開できるようなそんな船が…


「ぎゃわっ!?」


理想の船について思いを馳せていると何かに躓き、勢いでトレンチを丸ごと放り投げてしまった。あぁ、マスターに殺される。自分がずっこけることだけは免れたあたしは宙を舞う料理やら酒やらをぼんやりと眺めながらマスターへの言い訳を考えた。


「おい姉ちゃん!服が汚れちまったじゃねーかよ!」

「どう責任とってくれんだよ、あ?」

「……」


うぜぇ。この状況でそう思ってしまうあたしはやっぱり客商売には向いていないらしい。足もとも見ずに妄想してたあたしが百パー悪いのはわかってるけど、こういう態度とられると謝る気失せる。


「ま、姉ちゃんの態度次第じゃあ許してやらねーこともねェよ」

「おれたちゃ心が広いからなぁ?」

「ちょ、さわんな!」


あたしのお尻に触っていいのはイケメンだけなんだよカスがぁあ!と、思わず客を殴ろうとした瞬間。あたしの手が触れる直前に男が一人吹っ飛んだ。え、何これ?まだ殴ってないんだけど?あたし何かの能力者だっけか?


「何すんだてめぇ!」

「いや、あたしじゃな」

「アイ――ッ!」


後ろで聞こえた声に驚いて振り向いて更に驚いた。オレンジ色のつなぎを着たシロクマが両手片足を上げ立っているではないか。シロクマはあたしの視線に気付くと大丈夫?と首を傾げた。クマが喋ったァァア!!と声を上げたらすみません…と肩を落とすので慌てて謝った。


「お前らおれのこと無視してんじゃねぇよ!!」

「あ、忘れてた」


キャプテンにあいつらぶっ飛ばしてこいって言われてたんだった!それを聞いた男はふざけんな!と怒りを露わにすると懐からナイフを取り出し襲いかかってきた。いやいやいやいや刃物は反則でしょ…ッ!!!?反射的にシロクマにしがみつけば、大丈夫大丈夫と言ってひょいとあたしを肩に担ぐ。そして。シロクマはまた奇声を上げたかと思うと、目にも留まらぬ速さで男を店の外まで蹴り飛ばした。

はうぁぁあッ!
なにこのイケてる人(いや、くま)!超クールなんですけど!野蛮人に怯えたレディを安心させてしまうあの笑顔、人一人簡単に担ぎ上げてしまう力強い腕、更にその状態で大の大人それも男を店の壁をぶち破る程蹴り飛ばすなんてかっこよすぎる…!心なしか胸もドキドキしてる……これってもしかして、恋?

事が片付きシロクマはあたしを降ろすと大丈夫?と首を傾げながら尋ねてきた。きゅうーんっ!大丈夫です…っ、と何とかやっと答えるとシロクマは良かったと歯を見せて笑った。


「あ、あの、どこのどなたか存じませんが、どうもありがとうございました」

「うんいいよ。おれベポ」

「え?あ、あたしはナナっていいます」

「ナナ?よろしく、ナナ!」

「!、こちらこそ…っ」


あぁ、神様…愛すべき今日のこの出逢いを運命と呼ばず何と呼びましょう?彼氏いない歴イコール年齢のあたしは、真っ白でふわふわで力強くて愛らしい彼に恋をしてしまいました。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -