「あー!くそっ、冷てェ!」

 おまけにベタつくし!と、びしゃびしゃになった足をぶんぶん振って少しでも水気を切ろうとするシャチ。まさか、わたしの事が嫌いだったなんて。ちょっとショック。

「って、こらお前!何してんだよ!!」
「甲板掃除だけど?」
「ケンカ売ってんのか!」

 何て言いがかりだ。あたしは只ひっくり返ったバケツの水が甲板に広がらないようにデッキブラシで水を押し戻しているだけなのに。たまたまその先に必死に足の水気を払うシャチがいただけなのに。

「変ないいがかりやめてよね」
「おっ前……ホントむかつく!」
「わ!?ちょっ…汚っ!」

 びちゃ!大量の水を含んだデッキブラシを勢い良く振って水しぶきを飛ばされた。顔に、服に、汚れた水が降り掛かる。

「最低!」
「どっちがだ!」

 事はどんどんエスカレートし、いつの間にかデッキブラシでちゃんばらが始まる始末。もう靴が濡れただの、服が汚れただのの問題ではない。ばか!あほ!チビ!ブス!ぎゃあぎゃあと幼稚な罵声が飛び交い、デッキブラシ同士がけたたましい音を立ててぶつかり合う。お互い一歩も引かず白熱の一途を辿る勝負だったが、終わりはあっけなく訪れた。

 ゴンッ!

「「痛ッ!」」
「お前ら、甲板掃除はどうした」

 あたしとシャチの頭にペンギンさんの怒りの鉄拳が落とされたのだ。

「何すんだよペンギン!」
「ペンギンさんひど…!」
「次さぼってんの見たら二人とも晩飯抜きだからな」

 それだけ言って船内に戻っていったペンギンさん。ドアの奥に消えていく背中を見送りつつ痛む頭のてっぺんを左手で押さえた。マスターの拳骨は大きくて重たかったけど、ペンギンさんの拳骨は鋭く突き刺さるような衝撃だった。これはこれで相当痛い。

「シャチのせいで怒られた」
「気安く呼ぶな。ってか、おれはこれっっっぽっちも悪くない」
「あんたが変な勘違いするから悪いんでしょーが」
「はぁ?」

 もう拳骨も晩御飯抜きもご免なので一応手も動かしつつ口を動かす。洗剤液の混じった水をぶちまけた甲板は少し擦っただけでもすぐに泡だらけになった。

「あたし別にローさん目当てでこの船乗ったわけじゃないもん」
「はいはい、そんな見えすいた嘘はいらねーんだよ」
「嘘じゃない!」

 だんっ、とデッキブラシで甲板を叩いて睨みつければシャチは一瞬怯んだようだった。

「あたしが、この船に乗りたかったのは……」

 なかなか言葉の先を紡げずに足元に視線を落とす。無意識に同じとこばかり擦っていたらしく足元は白い泡で覆われていて。ふわふわしたそれがどことなく彼を彷彿とさせ、思わず頬が緩んだ。

「ほら、言えないじゃんか。素直に船長に惚れましたって言えよ」
「だからちがうってば!」
「じゃあ何なんだよ!」
「あたしが、す、好きなのはベポだもん!」


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