陽が傾いてもおさまらない暑さと蝉の鳴き声に項垂れながら冷蔵庫を開けると、ちょうどそのタイミングで暑い暑いと騒がしく家に上がり込んできたナナとかち合った。
「あ、シカマル!飲もう!」
ナナは俺をみつけるなりニンマリと笑って手に持っていたビニール袋を顔の高さまで持ち上げる。ビニールに透けるラベルは明らかにアルコール飲料のソレで。
「…俺、未成年なんスけど」
「大丈夫大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇよバカ」
ナナは俺の従姉に当たる女で、見ての通り自由奔放で楽天的でどうしようもねぇ。そんなナナはつまらないとか何とか言いながら買ってきた缶ビールを袋から二本取り出して残りを冷蔵庫へとしまった。そのまま縁側に腰を降ろすナナを見届ければ、ここはお前の家かとツッコミたくなった。
「シカクさんとヨシノさんは?」
「出かけた。そのうち帰ってくんじゃねーの?」
「そっか」
麦茶のピッチャーとコップを持って、俺はナナの少し後ろ、畳の上へと腰を降ろした。プシュッと炭酸特有の開口音がしたかと思えばごくりごくりと水のように酒を飲み下していくナナ。
「ぷはーっ!」
「おっさんか」
「まだお姉さんでいたい」
「じゃあソレやめろよ」
はーい、と軽く受け流された直後プシュッと二本目の缶が開けられた。早ぇよ。
一本目の時ほど勢いはないもののごくりと順調なペースで缶を傾けている。そんな後ろ姿を眺めながら自分もやっと一口目の麦茶を口に含んだ、その時だった。
「ねぇ、シカマル彼女出来た?」
突然くるりとこちらを振り向きドキっとするような質問を投げかけられれば口に含んでいた麦茶で盛大にむせた。
「……な、何だよ唐突に」
突然の質問にもだが、じっと眺めていた所を振り返られた事に動揺した。
無防備にも想いをさらけ出していたから。
もちろん本人は知らないが、こいつ…ナナは俺のいわゆる初恋とやらの相手だったりする。
「頭いいし女の子に優しそうだしその顔だし、彼女の一人や二人居てもおかしくないな〜って」
「二人居たらおかしいだろ」
「まぁまぁ。…で、どうなの?」
「……いねぇよ」
お前のせいでな。
心内でそう悪態をついて再びコップを手に取った。その表面は空気中との温度差でしっとりと汗ばんでいる。モテそうなのにね〜と呑気に吐き出された言葉は無視して麦茶を喉に流し込んだ。
「お前は、まだアイツと付き合ってんの?」
「…うん」
微妙に空いた言葉の間に違和感を覚える。再び前に向き直る動作を横目に盗み見て、悪い質問をしてしまったのかと次の言葉を待った。
しかしそれはいらぬ心配だったようで。
「…わたしね、結婚するんだ」
「――――……、」
蝉の鳴き声が遠くなる意識の中、自分の瞳が見開かれていくのを感じる。驚いているようだった。
へぇ、とやっと絞り出した声はナナに届いただろうか。“おめでとう”と、どうしても出てこない言葉に拳を握る。
「今日はね、その報告にきたの」
ほんのり色を増した声や肌は酒のせいか、それとも……。
さっきまでいつもの楽天的で騒がしい従姉だったナナが今は別人に見える。この感覚はナナに初めて男が出来たあの時以来だ。今よりもずっとガキだったけど、一著前に嫉妬心を抱いていた事を思い出す。
あの時と違うのは今自分が抱いている感情が嫉妬心ではない事。
今俺が感じているのは敗北感にも似たそれだった。
「シカマル?」
至近距離で名前を呼ばれてはっとする。
下から覗き込むように視線を合わせようとするナナから首をそらして距離をとった。
「話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた、よかったな」
「それだけ!?」
今はこれが精一杯だ。これ以上この話題が続けば余計な事を言わない自信がない。もう席を立とうとテーブルに手をつくのと同時に、玄関が開く音が聞こえ「ただいま」と親父達が帰宅した。
その声を聞きつけてナナが玄関へ向かうと安堵の溜息がもれる。握りしめていたコップの中ですっかり温くなった麦茶を一気に飲み干して、そのままテーブルに突っ伏した。
外で騒がしく鳴く蝉に一つ舌打ちをして、そっと目を閉じるとどうしようもない倦怠感に襲われた。
長寿の蝉は死んだ
あー、しんどい……