「雨、降ってんですけど」
「降ってんな」
部屋の窓の前に二人並んで灰色に覆われた空を見上げる。しとしとと静かに里を濡らし続ける雨は暫く止みそうにない。はぁ、と思わず漏れた溜め息は隣に座るキバのものと重なった。
「キバ誕生日でしょ?何とかしてよ」
「どんな無茶ぶりだよ」
夜は星を見に行こうねなんて珍しくロマンチックな約束をしてみればこれだ。慣れないことはするもんじゃない。失敗した時の空しさが3割増しだ。
「つうかお前が何とかしろよ」
「何でよ」
「今日俺の誕生日だから」
「そんな理由じゃやる気でないわー」
「ひっでー、泣くぞ」
気の抜けた会話を交わしながらもやっぱり降り続ける雨が恨めしくて見上げた空から目が離せなかった。
「なに辛気くせぇ顔してんだよ」
「だって…」
「ってかよォ、彦星がヤワすぎんだよな!俺ならどんな激流も泳ぎきってみせるけどな」
「ふーん…頑張って」
「他人事かよ!」
キレのいい突っ込みについクスリと笑いを溢せば不満気な顔をしたキバに頬をつねられた。何するんだとすかさずやり返す。今度は髪をぐしゃぐしゃにされた。もちろんまたやり返す。そしたら脇腹をくすぐられた。余裕ぶってやり返す事など出来ずに、何とか逃げようと暴れたらたまたまつき出した拳がキバの顎にクリティカルヒットした。
「いてぇ!」
「じ、事故だけどごめん」
と、謝りつつもあまりに綺麗にヒットしたものだから腹の底からじわじわと笑いが込み上げる。笑ってんじゃねぇよとか言いながら肩を小突いてくるキバの口元だって緩く弧を描いていた。
「…ってかね、彦星も織姫もどうでもいいんだよね」
「え?こんな雨じゃ二人が会えないって落ち込んでたんじゃねーの?」
「それこそ他人事じゃん」
わたしは顔も知らない赤の他人の為に落ち込める程お人好しじゃない。本当に、ただ純粋にキバと綺麗な星空を見たかっただけなのだ。それに、そんなロマンチックなシチュエーションでだったらこんなわたしでも少しは素直になれるかなとか他力本願の淡い希望を抱いていた訳で。
「まぁ、つまりあれだよ。誕生日おめでとう」
「…は???」
七夕なんかどうでもいい。今日はキバの誕生日だ。それなのに頭の中ではたくさん練習した筈の「ありがとう」も「好きだよ」もこんな明るい部屋の中じゃやっぱり言えなくて。
「……今年もヨロシク」
「なんだソレ、正月かよ」
こんな言葉で精一杯な自分を情けなく思う反面、それでもキバは笑って「ありがとな」なんて返すものだからこのままでもいいかなと甘えてしまう。
再び窓の外に目を向けてみたところで、相変わらず雨は静かに里を濡らし続けていた。それでもさっきみたいな溜め息が漏れないのは、ぺたりと床についたわたしの手を遠慮がちに包むその温度があまりに優しかったからだと思う。
今夜、星は降らない
Happy Birthday Kiba 2012