「シカクさん」
「あ?」
「今日でいくつになりました?」
「32」
「………」

 それはいくらなんでも図々しいんじゃないだろうか。嘲笑混じりにふぅっと紫煙を吐き出せば、何だよと拳で肩を小突かれた。

「いくらなんでもそれは…」
「そうかァ?」

  同じく紫煙を吐き出したシカクさんはまだイケるだろとか何とか言いながら立派に蓄えられた顎髭を撫でている。その様子を横目でちらりと盗み見て、気付かれる前に空へと視線を移した。
 三日月が淡く照らす暗い夜空に二人分の紫煙が登って混じって、そして消えてくのをぼんやり眺める。

「お前ェは、今いくつだった?」

 横顔にシカクさんの視線を感じて、空から視線を戻し目を合わせる。

「じゅーはち」
「18だぁ?」
「シカクさんが32ならわたしは18です」

 すっとんきょうな声と顔でわたしを見るシカクさんにそう返せば、彼は一瞬の間を置いて珍しく豪快に笑った。
 そして。

「それなら、」
 …コレはまだ早いんじゃねぇか?

 ひとしきり笑った後でいつもの余裕たっぷりの笑みにもどると、シカクさんはわたしの手から煙草を取り上げた。
 あ。短く声を上げて取り上げられたそれに手を伸ばす。が、シカクさんはさっさとそれを灰皿に放り込んでしまった。

「何すんですか」
「知らねぇのか?未成年の喫煙は体に良くないんだぜ」
「はぁ…」

 まったく、この人は。仕方なく新しい煙草に火を点けようと箱を取り出せば今度は瞬く間に箱ごと煙草を奪われてしまい灰皿の中の水に沈められた。

「ちょ――」
「そろそろやめとけ」
「……何を、」

 言葉の途中、無言で指をさされた先には箱ごと灰皿に水没させられたわたしの煙草。珍しく真剣な面持ちでわたしを見据える彼には既に全てを見透かされてしまっているようだ。わたしが、任務上がりにわざわざ此処で煙草を吸っている理由を。
 つまりシカクさんがやめとけと言ったのは“煙草”ではなく“理由”の方。
 わたしが普段、この場所以外で喫煙することはない。だって喫煙はただのきっかけ作りで、シカクさんと居たいがための口実にすぎないのだから。

「…そう、ですね。そうします」
「聞き分けのいい女は嫌いじゃねェ」

 そう言ってシカクさんは表情を和らげると新しい煙草に火を付けて、自身の吐き出した紫煙が夜空に溶けていくのを見送った。その一連の動作からは少なからず安堵の色が伺える。

「わたしそろそろ帰りますね」
「おう、気ィつけてな」

 腰掛けていたベンチから立ち上がり、気付かれないよう小さく息をつく。シカクさんがこっちを見ようとしないのをいいことに長年想い続けてきたその横顔をじっと見つめた。

「シカクさん」

 最後の最後に小さな望みをかけて彼の名を呼んでみても、シカクさんはどうしたと呟くだけでやっぱりこっちを、わたしを見ようとはしなかった。

「…お誕生日、おめでとうございます」
「あァ、ありがとうよ」

 じゃあ。と笑顔で軽く会釈して、出来るだけ平静を装って彼に背を向ける。
 歩き出した自分の背中に優しい視線を感じて視界が滲んだ。





紫煙のゆく先











>>Happy Birthday Shikaku 2011



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