「……はぁ…」
何で今日に限ってこんなに仕事が多いんだろ。時計に目を遣れば時刻は既に夜9時を回っていた。窓の外は当然真っ暗だし、徐々に人通りも少なく静かになってきた。あぁ、早く帰らなきゃ。
「ナナちゃん、溜息なんてついてどうした?」
「あ、すみません…」
「もう少しだし、頑張ろうぜ」
「はい」
一緒に情報整理をしていたゲンマさんに諭されて申し訳無さと恥ずかしさが込み上げる。仕事中にあんな溜息吐くなんてとんだ失態だ。気まずくなった空気を誤魔化すように必死に手元に意識を集中させた。そうだ、早く帰りたいのなら尚更集中しなきゃ。
その後は一言も会話することなく黙々と作業を続けた。その甲斐あってか予定よりも早く片付いた仕事に安堵する。それでも時刻はもうすぐ11時。早く、早く帰らなきゃ。
作業していた部屋に鍵を掛け、ゲンマさんと二人建物の外へ出る。お疲れさまでした、と直ぐにでも家へ帰ろうとするわたしをゲンマさんの声が呼び止めた。
「これから飯でも食いにいかねぇ?」
「え…?」
「元気無かったみたいだし、何かあったんなら話聞くぜ」
優しい声でそんなことを言われると薄れていた申し訳無さがまたぶり返す。
「えと、ご心配おかけしてすみませんでした。今日は大切な用事があったものでつい焦ってしまって…」
「へぇ…?どんな?」
普段ならこんな風にプライベートに踏み込む様な質問はしない人なのに。唇の片端を上げて意地悪く笑うゲンマさんに何も言い返せず、ただ視線を泳がせた。
「もしかして彼氏の誕生日、とか?」
「!」
ずばり言い当てられたことに動揺した。当たり?なんて聞いてくるゲンマさんに口をぱくぱくさせるしか出来ないわたし。だってこの人には相手はもちろん、彼氏がいることすら話した覚えはないというのに。
「ナナちゃんの彼氏ってさ、」
「ナナ」
と、丁度そこで聞き慣れた声に自分の名を呼ばれ慌てて振り返る。噂をすればなんとやら?今正に話題に上がっていた“彼氏”がポケットに手を突っ込んだまま此方へ向かって面倒くさそうに歩いてくるところだった。
「え?…あ、シカマル!?」
「ったく、ゲンマさんなんかに絡まれてんじゃねえよ」
「なんかってお前…本人目の前にして言うかフツー」
シカマルはそのままわたしとゲンマさんの間に立ち、ゲンマさんと対峙する。
「やっぱりお前だったか」
「何すか、何か文句でも?」
「んな怖い顔すんなって。ナナちゃんがあんまり時計ばっか気にしてっからちょっとからかいたくなっただけだっつの」
自分では意識してなかったから気付かなかったけど、人に指摘されるほど何回も時計を見ていたのかと思うとやっぱり恥ずかしくて仕方ない。
「ナナちゃん、意地悪して悪かったな」
「わたしこそ何か、色々とすみませんでした」
「彼氏に泣かされたらいつでも俺んとこおいで」
反応しづらい一言を残してゲンマさんはじゃーな、とわたし達に背を向けて歩き出す。その背中にシカマルと二人でお疲れさまですと返せば片手を上げて応えてくれた。
「…つうか、」
しばらくその背中を見送ってからぽつりと呟やかれたシカマルの声にその顔を見上げる。
「泣かさねえっての」
「わ、」
目が合う前にくしゃりと頭を撫でられ視線は地面に落ちる。その間にシカマルはわたしの横を通りすぎ家に向かってすたすたと歩き出した。街灯に照らされた彼の耳がほんのり赤く染まっているのを見つけたら何だか嬉しくなって、自然と顔が綻んだ。
きみが生まれた日
せいいっぱいの愛と感謝と祝福を
「早く帰ってお祝いしないとね」
「いいよ、めんどくせぇ」
「だめ、めんどくさくなんかない」
「…へいへい」
>> Happy Birthday Shikamaru 2010